Story

□In a cadenza
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 シィリエのぎょっとした様な顔付きに気付き、何でもないと首を振り、表情筋から力を抜いた。頬の筋肉が引き攣れている気がする。

「シリスの意図はこの辺りにあるのかもな…」

 ボソリと零すと側で黒い頭が耳たぶを擦って逃げる。
窺うよな雰囲気の眼鏡と顔を合わせていると、右眼がまたぞろ痛み出した気がして、言われなくても関わらないっての、苦笑しながら胸のうちで呟いた。

「調べ物は終わりにして行くか。早いとこ済まさないとアゼルもシリスも待ってるからな」

 そう言って新聞を畳む隣で、ピクリとシィリエの頬が引き攣り大袈裟に肩が跳ねた。

やはり、そうか。

 頼んだ資料を手に戻った頃にはケロリとしていたが、何となく追い詰められているような心許ない表情はまだきっちり目に焼き付いる。
泣きそうな顔でエイネイに尋ねようとした本当の言葉を察し、短く嘆息した。
何となく薄々とは感じていた、この子供がシリスを避けたがっていることは。

俺だってシリスとはあまり関わりたくないんだから、こいつなら尚更そうだよな。殺す殺されるとは無縁そうだし。

 ふぅ、と深い息が肺の底から漏れた。このままじゃ疑心暗鬼で死んでしまいそうだと、ちょっと思う。

「危険な目に合うと解ってて、ニィルをワルズワイドと一緒に置き去りにした」

 ニィルから事のあらましを聞き出したあの時。
あのまま二人留まれば仲良く囚人、かと言って一緒に逃げれば二人同時に捕まることになる。
そうなるよりはどちらか一方だけでも逃げた方が得策というもの。

だからエイネイはニィルを見捨てた。

「それについては弁解も否定もしない、その判断が間違ってたとも思わない」

 二人別々に逃げても結果は同じ、ワルズワイドは確実に弱くて押さえ込めるニィルを追っていただろう。
 けれどあれはあくまであの場を凌ぐ為の一時的な措置、隙をついて助けるつもりではいたのだ。
事態が思ったよりも深刻で今にもニィルが殺されそうだと、知らなかったとしても。

「死なせるつもりは無かったから探しに行った。俺は」

 シリスはどうか知らない、と言わない言葉を聞き取ったのかどうか。

「そう、ですか」

 一拍遅れで届いた返事は、酷く掠れていた。

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