短編

□Lost sanctuary
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Lost sanctuary



 何だって出来る奴だった。

 試験を受ければ満点を叩き出し、ボールを持たせればまるで手足の様に扱う。サッカーでもバスケでもバレーでもテニスでも。
球技だけじゃない、陸上競技や水泳でもアイツはいつも大衆からの拍手を集めていた。
 賑やかな集団の中心には必ずアイツが居て、俺はいつもそんな彼に近い場所に居た。近く近く近く、そして決して省みられない場所に。
 誰も俺を必要としない、必要なのはアイツで俺はそれについてくる余分なオマケ…誰にとってもそうだった。

誰にとっても。




*****



 ハックシ!と大きなくしゃみをし、ぶるりと体を震わせて両腕を摩りながら鼻を啜る。
詰め襟の黒い肩にはらはらと落ちる白い物…少し形を留めて跡形もなく消えていくそれは、紛れも無い雪。
痛いくらいの風、日本の冬とは何だか少し違った寒さ…ただただ白く冷たい雪が降り積もる景色。
 ガチガチ歯を鳴らしながら身じろぐと、直ぐさま亀みたいに首を高い襟の内側に引っ込める。
服の隙間に入り込んだ空気が冷たい、背毛が凍り付きそうだ。

「さむ、ささささむ」

 凍える俺の隣で幼馴染みがブルっと大きく震えて、艶やかな黒髪から白い粒を落とす。
旋毛に積もった粉雪…きっと俺の頭も同じ状態なんだろう、頭の頂点が熱くて痛い。

「死、死ぬの…?」

 頭を金鎚でズガンッといかれた様な衝撃が全身を突き抜ける。目頭を熱いものが競り上がった。

「死にたく、死にた、くなっ」

俺だって!

 本気で泣き出した幼馴染みを慰める言葉が俺に有る筈もない。

俺だって俺だって!
死にたくなんか無い!

 気を抜くと溢れてきそうな絶望と涙を俺は必死に堪える。
せめてもと俺は幼馴染みとの隙間を更に埋めるべく、凍り付いた足を滑らせるみたいにズリリと動かす。
 寒さをやり過ごそうと密着しても、衰えを知らない横殴りの風を前にしては気休めにもならない。
それでも懸命に身を寄せ合うことくらいしか出来ない現状が、目の端から涙が零れ落ちそうな程怖くて苦しい。
 嗚咽を何度も飲み下し膝に顔を埋める。
膝にじんわりと暖かい物が広がって、少しだけ安堵した。大丈夫、まだ俺は生きている。


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