短編

□モラトリアムは終わりを告げた
1ページ/3ページ

モラトリアムは終わりを告げた



 変化なんて無い物だと思っていた。
甘く爽やかな芳香の果実も、いずれは澱んだ沼みたいな腐臭を放つ…そうと知っていて、だからこそ皆必死に愚か者でいようとするのだろう。
 愚かで浅はかと蔑まれることと分かっていて、気付いていながら気付かないフリをしていた。
いつか本当に醒める瞬間まで、美しく残虐な夢の中に全力で浸っていたかったんだ。
誰も彼も僕も、それこそ命懸けで。

 生徒会の皆様はちょっと他では見ないくらいの美形揃い、その彼らを取り巻き傅く親衛隊という名の信者達。
男と男の恋の鞘当て、嫉妬に狂った男が引き起こす目を覆うような惨劇、当たり前の様に存在する家柄というヒエラルキー。
閉鎖された山奥の全寮制男子校、その限られた世界での常識と法律。
卒業と共に醒めてしまう夢、たった3年だけしか見ていられない夢、社会に出る重圧を意識せずにいられる最後の時間…だから。
変化なんて一生無いものだと、卒業までずっとこの退屈で異常な毎日が続いていくのだと…思っていた。
そんな漠然とした思い込み、そこれこそ夢物語でしかなかったのに。


 変革は突然齎された。


 難関と言われる編入試験を満点でパスし、5月という中途半端な時期にやってきた、たった一人の転入生によって。

 彼は『外』の空気を纏い学園中を吹き抜ける『新しい風』だった。
彼の持ち込んだ『外』の空気は、退屈に倦んだ学園の生徒達には新鮮に映り…変化に乏しい学園生活に小さな波紋を広げる。
当初は好奇心を刺激する話題として。
曲がることの無い彼の気質が、学園の崇敬と恋慕を一身に集める生徒会の皆様に気に入られてしまうまでは。
皆様がその双眸に熱を称えて彼を見るようになる、その日までは。

ああ、ああ…!
まさか生徒会の皆様が転入生の幼稚な正義感に感化されてしまうなんて。
あんな世間知らずの綺麗事を正しいと信じてしまうなんて、それ程までにこの学園に飽いていただなんて…!
誰が想像できたろう。
ヒエラルキーの頂上で当然の様に他者を見下し蔑んできた彼らが、自分達で作り出した檻の中で悲嘆にくれていただなんて!
手前勝手な孤独感に苛まれ、それを他者だけの所為にして被害者面するだなんて。
閉じ篭って他者を排斥し、理解する事もされる事も拒んできたのは自分達だというのに!
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ