Story

□Wiz. 序章
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01.




「どうしよ……、これで」

 そこには、薄汚れた銅貨が二枚と銀貨が一枚、黒く汚れた掌だけが在った。

 くるん、と周囲を見渡せば、ただただ広がる鈍色の壁と砂埃が隙間にぎっしり詰まった石畳、晴れた空と白い雲。
 視界の中に動くものはない。尤もそれは、見えないように身を潜ませているだけで、実際はビシバシと突き刺す視線が注がれていたりするのだけど。
 ぼんやりと痛む頭を、緩く振って目を伏せる…思い出されるのは昨日の出来事、意図しない溜息が幾度も洩れて。

 ……昨日、とある屋敷で仕事をした。
長いこと使われていなかった離れを改修するというもので、本当なら大工に頼むのが妥当だろう行程を、主人が金をケチって掃除夫にその役目を任せたのだ。
 本当なら顔見知りの掃除夫と一緒に、部屋中をピカピカに磨き込む予定だったのに、朝になって熱を出したとドタキャンされ、結局独りでそれをこなすことになってしまった。
……その時は気付かなかったけれど、彼は最初からこの事態を見越していたのかもしれない。だからシェシィリエ独りに仕事を押し付けて逃げたんだろう。
 休憩時間を削って夕刻まで働いた結果、どうにか住む分には困らない程度には整えることが出来た。
それは頼んだ主人も予想しなかった驚異的なスピードで、いかにシェシィリエが手際良く仕事を熟すかを示すものだった。

……あの時、喜色を浮かべた主人にお茶へ誘われたんだよな。良い仕事をしてくれた、珍しいお茶が有るから心付だと思って飲んでいかないかって。

 結構ですから別のところで反映して下さい。と言えなかった自分を、シェシィリエは心底悔いた。
それでたとえ雷をたっぷり支払われたとしても、こんなことになるなら怒りを買って二度と仕事が来なくなるほうがまだマシだったのに。

 相手は大工雇うのにも金を出し渋る、倹約とケチを履き違えたような輩だ。
だからその友好的な態度にも、上乗せ金を払うよりはまだ安くつくのだろうと思えば納得出来ないこともなかった。

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