Story
□In a cadenza
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00.
カンタータの隣、王都から西の二つ目の街、銀杏の森のカデンツァ。
そのカデンツァの街を真っ直ぐ分断する大通り。
そこから少し外れた奥まった場所に位置する、黒く塵がこびりついた壁に、小さな窓がいくつか思い出した様に嵌め込まれたその建物。
まだ明るいはずなのに、どこか薄暗い雰囲気が漂っていた。
「いらっしゃいませ」
人好きのする笑顔で応対に出た娘の顔が、帳場台の前に立っていたまだ13くらいの黒髪の子供をみとめて、サッと険しいものに変わる。
この子、ここが何処だか解ってるの?まだ子供じゃない。
「あの、今晩泊めてもらえないでしょうか」
「…各お部屋の料金はこちらを御参照下さい」
部屋番号の隣に小さく料金が付け足されている宿の見取り図を、すっと慣れた手つきで手渡す。
子供はそれを掌で押しとどめると慌てて首を振った。
「お金がないんだ。だから…」
娘の眉間が深く皺を刻む。
やっぱり冷やかし?!
いい度胸だこと!
こうゆう躾のなってない子供にはガツンと言ってやんないとね!!
「ちょっとあんた、何をしに来たのよ!冷やかしなら帰んなさい!ここは子供の来るところじゃないのよ!!」
娘はキン、と甲高い声で怒鳴り付け、バンッと帳場台を叩く。
子供はオロオロと助けを求める様に首を巡らした。
「ニィル、何を騒いでいるの?」
怒気を渦巻かせているニィルよりも幾分年かさの、甘い匂いのする女が、受付の奥の部屋からゆったりと歩み出てくる。
帳場台の子供の縋るような視線に気付くと、ふぅ、と気怠い仕種で横髪を梳いた。
「可愛らしいお客さんね」
おっとりと囁かれた言葉に目を剥いたのはニィルだ。
確かに幼いかもしれないが、お世辞にも可愛いなんて言えない子供だ。
何だか見てて可哀相なこの子供の、何処を見てそう言えるんだろう…顔の半分は眼鏡で出来てる様な子供なのに。
そんなお世辞が苦もなく出てくるなんて、やっぱり女将さんは凄いな…
ニィルは憧れの眼差しで年かさの女を見詰めた。
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