Story
□In a cadenza
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03.
絶えることない実りと侵されることない守りを約束された大地、長きにわたる平穏を享受する国、ガクト。
その首都である王都シンフォニィから東へ三つ目の街、黄金色の街カデンツァの『そういうこと』をする店で『そういうこと』をするだけでもない店の一部屋。
シェシィリエがふいに冷え込んだ気温に、ふと目を覚ましたのは、真夜中を過ぎた頃のことだった。
「寒っ!」
吸った息が気管に詰まって、しゃっくりみたいに喉から音がする。キョロと動かした眼球が、染みの浮いた天井を写し出した。
ぽっかり浮かぶ月、隣の寝台、眠る男の背中。
「冷えるな…」
息さえ細くして猫みたいに縮こまって毛布を巻き付ける。
そうしているのにも疲れて来た頃。
不可解な面持ちでシェシィリエはゆっくりと身を起こした。
「窓…閉まってるのに」
どうしたことだろう、ガクト育ちのシェシィリエには我慢できなくもないけれど、ちょっと冷え込み具合が急すぎないか。
大丈夫かなシリス…
気になって、隣で眠る男を見る。
そっと顔を近づけて窺ってみても、返ってくるのは健やかな寝息だけ。
「…、シリス?」
絞り出したみたいに細く掠れた声に驚いて、シェシィリエは口許を押さえた。
…っ、最悪だ。
何と言うか、何となく……シリスを呼ぶニィルに似ていた気がした。
「何を考えてるんだか、馬鹿みたい」
罰の悪そうな顔でシェシィリエはゆっくり寝台からはい出る。どことなく重たい体に気分が滅入った。
「何が ゙馬鹿みたい゙?」
僅かな衣擦れが静まり返った部屋に響き、ころりと寝返り打ってこちらを向いたシリスがパチリと瞼を開いた。
「あ?な!?あ!?起きてたんですかっ」
「冷えてきたからな。眠ってられなかった」
焦ってのけ反るシェシィリエとは対照的に、静々と身を起こしたシリスは、スルリッ…と静かに滑り落ちた上掛けを、繊細な指先でさらりと撫でる。
じっとシェシィリエを見る翡翠の瞳はハッキリと意識を保って瞬いて、暫く前から彼が起きていたことは明白だった。
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