Story

□In a cadenza
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「何で狸寝入りなんかしたんですか?!」
「お前が寝てる俺を誘惑しようとするから、お断りするのも面倒だろう」
「はっ?!」
「違うのか?あんなに切なげに人の名前を囁いておいて?」

 カアァ!とシェシィリエの両頬が熱くなる。
自分でも思わなかったわけではないけれど、でも絶対に認められない。
だって、そんな感じに聞こえただけで、シェシィリエにはそんなつもりは無かったから。断じて無かったから。

「自意識過剰にもほどがあります…」

 ボソリと言い返すと優麗な唇が糸で引っ張りあげるみたいに、ツィーと弧を描いて止まった。

「…ああ、そう。それで?」

 スッと近寄ってきたシリスがシェシィリエの隣に片膝をつく。くんっと寝台のスプリングが沈んだ。

「まだ答えを聞いてなかったな、ナァ、何が馬鹿みたいなんだ?」
「っ、ぁ…」

 痩せた背中の真ん中を撫でていく冷えた指先が、腰まで降りた所でじんわりと熱を点す。

「さっき何を考えてた?」

 意地が悪いというよりは酷薄、冷徹というよりも冷酷にシリスの顔が歪む。
背筋に走った震えは恐怖か、それだけではないような気もする。
妙な雰囲気にどうしていいか解らない。
シリスはとても恐ろしくてそして……酷く蠱惑的だった。

「………、何だ?」

 不意にシリスの注意が逸れて、シェシィリエはその隙に囲われかけた体を逃がす。
そんなシェシィリエを一瞥しただけで、シリスはすぐに扉へ視線を投げた。

「シリス?」
「…音がしないか?」
「え?」

 シェシィリエは遅ればせながら耳を澄まし、シリスは寝台の上で片膝をついたままの態勢で、眉を顰めて扉の木目を睨み続ける。

 一瞬だった。

 硝子が割れて、誰かが走ってきて、物が倒れた…そんな音が立て続けに、して。

次に飛び込んできたのは。

「ギャアあああっ!!」

 それは、断末魔。

 何かが起きている…とてつもなく大変な何かが。
怯えるシェシィリエが凝視する中、扉がゆっくりと泣きながら開いた。

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