Story
□In a cadenza
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01.
「こちらをお使いいただけるのは明日の朝までです。出立の際には受付にお立ち寄り下さい。
食事は全て別料金ですけど、食堂がございますのでそちらをご利用下さい。宿の見取り図はこちらです」
一通りの説明を終えて、案内役のニィルは名残惜しそうにしながら部屋を出て行く。
ホッとするやら腹が立つやら複雑な気持ちで、傍らに立つ美貌の連れを見上げた。
ニィルって子、シリスに気がある感じだったのに…気にならないのかな。ああいうの。
物珍しそうに辺りを見回すシリスが、何を考えているのかさっぱり解らない。
何を感じて、考えてるんだろう…
じっと見ていたのが悪かったのか、シリスは不機嫌そうに眦をピクリとさせて睨み返してきた。
「何だ」
「いえ」
短く返事をして、そろそろと窓辺へにじり寄り、閉ざされた木枠の掛け金をあげた。
さぁっと室内を通り抜けた風が、どこか甘い朽葉の匂いを運んで来て鼻腔をくすぐる。
落ち葉が流れる道。
赤い煉瓦道と黄色のコントラストが目に鮮やかで、金色の光を受けて、木々は黄色い葉っぱにしっとりと揺らしている。
黄金色の並木道はレンズ越しにも色鮮やかで、
さすがは銀杏の名所だけは有ると言ったところか、秋の美を愛でるような心境にはまるで遠い筈のシェシィリエの目が、溢れる鮮やかさを求めて忙しなく動いた。
…ささやかな現実逃避だったかもしれない。
「どうしよ…?」
今朝言った気がしないでもない言葉を呟いて、うっすらと口許だけで笑いながら唸る。
ちぐはぐな表情と行動は傍目にはひどく奇妙に見えた。
「何だその口。ねだってるのか?」
…ねだる?
くてんっと首を傾げると、シリスの形の良い唇がきゅっと弧を描く。
悪魔の様な微笑みを、その綺麗な顔に浮かべてシリスは言った。
「キ・ス」
…そのパーフェクトスマイルが、今の心にえげつない。
「考えごとをしていただけです。変な事言わないで下さい」
ピシャリ。引き攣った笑顔で言い返すと、シリスは首を傾げてニヤリと笑った。
通称を『例の笑み』とでも言おうか。それは皮の下一枚に隠れた性悪加減が、如実に現れた笑顔だった。
「どうせ、愚にもつかないことを考えていたんだろう?お前のことだから」
嘲るような言葉にシェシィリエはさらに、頬を引き攣らせる。
眉間に青筋が一本、ピキッと浮いた。
これがこの人物の素なのだとしたら――きっと素なのだろうけど、なんというか意地が、この場合はむしろ性格だろうか?とにかく何処かが致命的に悪過ぎると思う。
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