Story
□In a cadenza
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最悪だ…!
死人が、二言三言交わしたろう相手が死んだ次の日に、こんなことをする奴がいるとは夢にも思わなかった。
死んだ彼とその仲間達にお邪魔する形で仕事を受けた、言わばよそ者のエイネイには、他の傭兵達ほどその死を悼むことが出来ない。
それでも、さすがにこれは不謹慎にすぎるというものだ。
ムカムカとそんなことを考えながら、部屋の有る階へ続く階段を昇りきったところで、エイネイはピタリと足を止めた。
あれは…
自分と相方の部屋の前で娘が独り、立っている。
受付で見たな。
名前は忘れたけれど、やたらと明るい顔で笑っていたのは覚えている…それが今は随分と思い詰めた眼をしていて、一見すると別人のようだ。
どうしたことか、と首を捻りながらエイネイは細い肩を軽く叩く。
「きゃっ」
驚かせてしまったらしい。
娘は飛び上がってよろめき、バランスを取ろうとした踵を軸に半回転した。
何の構えもなく眼が合った娘は、エイネイの燃えるような赤毛を凝視して硬直する。
「珍しいか」
エイネイは一般的な赤毛より更に紅に近い、真紅色に似た色をしている。この地域には珍しい焔の髪、チェリーブロンドというらしい。
慌てて視線をずらす娘に、こういった視線に慣れているエイネイは、この色だからな、と軽く流すように告げた。
「で?俺の部屋の前で何してる」
「あなた、傭兵?」
娘が先程大活躍した剣を見留め、眼が丸く見開く。
「魔術師の部屋じゃなかったの?」
「傭兵と魔術師の部屋だ。相方に用か?生憎あいつは留守だ」
「そう…他の魔術師でも構わないの。ねぇ、何処かで魔術師に会った?」
右の瞼が痙攣した。
店の娘連中が外出を禁じられていたのを突然思い出す。
「会ったぞ」
聞かなければいけない、知らなくてはならないと何かが言う、駆け巡る。
俄かに警戒を強めるエイネイに娘は笑んで見せた。媚びを含んだ女の顔で。
「大事な話があるの。会いたいのよ、どうしても」
小娘でも玄人は玄人か。
口の端を歪ませ背中を向ける。
戻りたくない、と小さい呟きを一度だけもらして。
「着いてこい」
後ろに気配を感じながら、元来た道を引き返していった。
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