Story

□In a cadenza
41ページ/81ページ

08.



 敵方の偽情報を掴まされた時、仲間の一人が裏切った時、命を賭けて選択する時。
そんな時エイネイの右瞼は決まって痙攣する。

右の瞼が訴えるのだ。
今、正に此処が岐路と。

 ドクドクと耳の中で鳴る鼓動が、エイネイの焦躁を掻き立てる。
アゼルが解らない、とエイネイは歯ぎしりした。
 魔術師は普通、傭兵と組んで仕事をする。
一般的に魔術師は体術に疎い者が多いし、魔術を行使しているとどうしても隙が出来て、その瞬間を狙われてしまう。
だから魔術師は傭兵を雇う。これが王宮付きなら騎士や兵士になるが、その役割には大差ない。
エイネイがアゼルと組む様になってどれくらいか。
ずっと一緒にいるわけではないけれど、組んだ回数と出会ってからの年数はそれなりに有る。

だけど今まで、こんなにお前が解らないと思ったことはないよ。

 何がと問われてもエイネイにだって解らない。
ただ体の芯から沸き上がる様な焦燥が、解らないという単語に変わるだけだ。

――要するに不安なのか、俺は。

「こら、エイネイ」

 答えがパッと目の前に降りて来たと同時に、右手に軽い衝撃…右手が急に寒くなる。

「悪かった。急いでいたから」

 不機嫌そうな顔に取り繕うように謝罪して、エイネイは目を逸らした。
アゼルはいつもこんな風に無愛想で仏頂面で、だから今見ている仏頂面もいつもの奴だ。
そうは思っても、僅かに本当の不機嫌が滲んでいるように感じるのは、この不安が見せる幻なんだろうか。

「何か有ったのか?」

 暢気に問い掛ける相棒に、エイネイは直ぐさま傭兵の顔に戻り、厳しい表情で口を開いた。

「あの給仕の娘だが」
「ああ。話は出来そうか?」
「顔色が良くなかった。今朝見たときは」
「そうか」

 疲れた様に息をはいたアゼルが、厳しさを損なわない表情の相方に気付き目を見張った。

「エイネイ?」
「受付に座ってた娘から話を聞いた。仲の良い友達だそうだが」
「そう言えば食堂で二人一緒にいるのを見かけたな。仲が良い様にも見えなくは無かった」

 仏頂面が眉を寄せて不審そうにする。
信用出来るのかとの無言の問いにエイネイは頷き、そして。

「この一件からはもう、手を引きたい」

 厳しい瞳で真っ直ぐ言い放った。

.
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ