Story

□In a cadenza
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09.



 あんなにも美しい人をメリアは知らない。
二つの眼は翡翠を嵌め込んだみたいな緑色。
五月の冴えた空を細く紡いで糸にしたような髪、金と銀の煌めきは星を抱いているみたいで。

極上の宝石みたいな人だわっ!

 宝石箱の中で輝く真珠のネックレスよりも、水晶の髪留めよりも、瑠璃のブレスレットよりも、豪奢で気高い宝石。
手に入れたらこの世のどんな宝石よりも、きっと自分を輝かせてくれる。
 欲しくて、欲しくて。
ただ一度、ほんの数瞬でいい、その人を鞄の様に隣にぶら下げることが出来たなら。

 根底に純粋な憧憬を秘めていても、それは余りに淡く微かで…丸っきりアクセサリーを取り替えるような気持ちで、メリアはいた。
そんなだったから、罪悪感なんて微塵も感じなかった。感じていたら、何かが変わっていたのかもしれない。

彼は翌朝には宿を発つのだから、手段を選んでいる場合じゃないの。
あなたも欲しがっていたのは知っているけれど、でも私だって欲しいのよ。どうしても欲しいの。

 だから仕方ないじゃない、と心の中に浮かぶ友達の顔に、拗ねた顔で言い訳する。
その言い訳が通ると本気で信じていたのだ、昨夜の自分は。

まさか、こんなことになるなんて…!

 頑是ない子供の様な我が儘、子供とは言えない自分の年齢を鑑みれば、女の見栄と自己顕示欲と言ったほうが適切だ。
何も考えてなんかいなかった。後のことを先のことを。

自慢したかっただけだったのだわ、店の皆に。

 ここで働く若い娘は、親が死んだり、借金で首が回らなくなったりした娘達だ。
メリアもニィルも、借金を返すためにここに売られた。

売春宿の側面を持っているこの宿に。

 最初は自分の悲運を呪ったものだけれど、今では自分がどれだけ幸運だったかを思うようになった。
常に清潔な店は宿としても一流だが、娼館としても一流だったから。

 環境が悪かったとは言わない。
ただメリアは、自分の身体を使うことに慣れてしまっていた。男の部屋を訪ねることに付随する物のように思っていた。
だから部屋を抜け出せたのだ。
湯浴みをして髪に香油を塗り込んで、それと解らない薄化粧をして。
客に会いに行くみたいに躊躇いなく、あの人のところへ。

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