Story
□In a cadenza
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11.
「そんな…、馬鹿な」
愕然と顔面筋をいつもと違う形に動かす。
そんなアゼルの驚愕に、理由は解らないなりにも右目の痛みが、正しくレッドシグナルであったことを確信する。
「又聞きだからな、多少の差異は有るだろうが…ニィルが嘘をついている様子は無かった」
淀みなく喋るニィルの様子を、話に耳を傾けながら観察していたエイネイは、自信すら滲ませてそう告げる。
思い当たる節でもあるのだろう、逡巡してアゼルは慎重に口を開いた。
「その話はどこまで広がっている?立ち会った魔術師とは誰だ」
「名前は知らない。だが小さいの細いのを侍らせて喜ぶ、ゲスな勘違い野郎だと俺は思ってる」
これ以上ないほど主観的な説明は、何故かとても解りやすかった。
喉で言葉を飲み、アゼルは右手で顔の半分を覆い、深刻な面持ちで己の前髪を掴んで低く唸る。
「…なんてことだ」
静かな焦躁。
「手を引く、俺の中ではそう決まってる。
俺はそれにちゃんとした理由が欲しい…勘でも虫の知らせでもなく、戦線を離脱するだけのものがな。
だが俺は、実のところ何が有ったかも詳しく知らない。だから教えてくれ、何がどうなっているんだ?」
相方が血管が浮き上がった手をそっと外す…力無く垂れた右手から、パラリと短い髪の毛が二、三本落ちた。
「どうすればいい…」
零れた呟きはあまりにも弱々しく、まるで迷子の様で、エイネイは小さく息を詰める。
「ワルズワイドは」
「え、?」
「王宮付きの孫なんだ」
王宮付きとは宮廷魔術師のこと。
その影響力は凄まじく、魔術師として立身出世を望むなら、絶対に敵にしてはならない存在だ。
あの傲慢さや強引さは、その背中の威力を知っていたからこそだろう。
あの勘違い野郎、いっそ不能にしてやろうか…とこっそり呟く。
背中の肩書に逆らえないで泣いた者が少なければいい。
「ワルズワイドなんだ」
唄ったのは――と。
苦く絞り出したような声音でアゼルがうなだれ、泣きそうな目で後ろを振り返る…歩いて来た道の向こうを、瞳に映す。
「おま、え…まさか」
舌が口腔で痙攣を起こしてのたうつ。
脳裏を小柄な人影が仄めいていた。
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