Story

□In a cadenza
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12.



 白い指が頁をめくる。

 女主人が退屈を慰める為に差し入れてくれた本が、床に積み重なって塔を作っている。
均等に作られた五つの塔、シリスが1番上に乗っかっていた一冊を、その手に捕らえてしまったから、今はその一番右端だけが少し低い。

「暇だなぁ…」

 夕飯には少し早い時間。
どうやって暇を潰すかを考えながら、沈み始めた夕日を眺めて、なんとなく呟く。

「読めばいいだろ、お前も」

 それを聞き咎めたシリスがこちらを見ないまま返し、また頁をめくる。
シェシィリエはその手元を俯き加減に見ながら、赤面した。

「字、あんまり読めないから…」

 つむじの辺りに軽く視線が突き刺さる。
 ガクトの識字率は高い。
難しい用法や文法は学校に任されるが、基本的に字を教えるのは親の役目だと思われているし、親の無い子供は仕事先の上司や後見人がその役目を負っている。
 子供に字を知らないままで居させる者は、駄目な大人の烙印を押され、街中から後ろ指を指され白い目で見られるという、法律で罰されるよりある意味えげつない現実が待っている。
ガクト全域がそうだから、子供はある程度の年齢になると、簡単な読み書きくらいは出来るものなのだ。

「親切な親方はどうした?」

 案の定、というか。
シリスはそんなガクトの『常識』を知っているらしい。明らかな驚きの表情が浮かんでいた。

「親方は悪くありません。僕は…ガクトの生まれではないので」

 話せるようになるだけで、精一杯だったんです――と続けると、シリスは更に目を見張った。

「お前、発音に訛りが無さすぎるぞ」
「そうですか?親方は独り身でしたから、どうせならキチンとした言葉を教えたかったのかもしれません。
初めての子育ては気合いが入るらしいですから」
「子育てって…まぁいいが。ガクトに来てどれくらいになる?」
「三年と少し?」

 首を傾げながら呟くように言うと、シリスは妙な顔で頷いた。

「…短くは無いが長くも無い、意外と覚えは良い方か」

 何かを思索する様に、シリスは手の中の布張りの本を玩ぶ。金色のタイトルが夕日を反射して、赤銅色の閃光を飛ばした。

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