Story

□In a cadenza
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13.



 玩具みたいな木のフォークを握りしめ、鼻孔をくすぐる美味しそうな匂いに鼻をひくひくする。
茸のスープに団栗のパン、胡麻のサラダとぶりの切り身と梨のカラメル煮。
零れそうな涎れを慌てて袖口で吸い取り、シェシィリエはぶりの切り身にフォークを突き刺した。

「っ!!」

 男所帯の、贅沢を極限まで省いた料理に慣れた舌が快哉を叫ぶ。
テーブルマナーを無視して好き勝手に手を延ばし、ひとしきり味わうと満足そうな表情で笑う。

「美味しそうね」

 すらんっ、と滑る様に右側から影が差した。

「あ、女将さん」

 フォークを握ったまま反射的に顔を上げるシェシィリエに、女主人は優しげな表情で応えると、向かいの席に見て首を傾げる。

「シリスは部屋から出られませんから」

 口にされない質問に苦笑いでそう答えると、何処となく腑に落ちないように柔和な眉が寄る。

「?女将さ…」
「二人でいないと不思議な感じね、貴方達の仲が良いからかしら」
「悪くないと言えなくもない気がしないでもないように、思えなくもありません」

 やんわりと詮索を拒む意図を汲んで、渋い顔で結局どっちなのか解らない返事をする。
温厚な女将さんと、巧みに温厚に見せ掛けているシリスとでは、比較対象にするのも失礼な話だが…この独特の距離感は良く似ていた。

「日が沈むとお客様が押し寄せるから、店の者は鉢合わせないように早めに夕餉を済ませるの。まだ大丈夫だと思ったのだけど、邪魔をしてしまってごめんなさいね」

 なるほど、確かに今のうちだ…と内心で呟き、そんな理由が有ったなら言えばいいのにと、そう思う。

教えてくれさえすれば、気持ち良く部屋を追い出されてやったのに…人目を極力避けたいのは僕だって同じなんだから。

 人の口に戸は立てられない、客の中には昨夜の一件を耳にした者もいるだろう…好奇の視線に晒されるのはすごく嫌だ。

…、なんか変。

 シェシィリエの首がくてんっと折れる。
いまいち釈然としない。それどころかもっと、何か違う深い意味が有るような気さえして。

「ところで」

 掴みかけていた何かごと思考がその一言で霧散する。

「ねぇ、あなた。うちの子、何処に行ったか知らないかしら?」

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