Story
□In a cadenza
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14.
そわそわと落ち着きなく、冷えた空気を肺に溜める。
なんで手ぶらで出てきちゃったんだろう。
食堂へと向かう時にはまだ幾分か明るかったから、すっかり油断していた。食事を終える頃には空も暗闇に染まり、森は足元も覚束なくなるほど深い黒に呑まれる。
シェシィリエは強く足の裏を地面にたたき付け、離れと母屋を結ぶ踏み石を、音と足裏を跳ね返す感触で確かめる。
傍目には子供が駄々を捏ねくっているようにしかみえないのは、どうしてなのか。
『ニィルがいない?』
『そう、さっき呼びに行ったのだけど…いないのよ。外出禁止だと言っておいたのにね』
ニィルって言えば…
頭の中でノーマから聞いた話が蘇り、苦笑する女主人からそっと目を逸らしてシェシィリエは赤面する。
帰ってないって…うわぁ。
確かノーマの話では魔術師と手を繋いで宿に戻ったと。
話を聞いたの結構前だけど…
もしかして…、まだ?と女主人を窺う。目が合いそうになって慌てて逸らした。
『ぼっ、僕ちょっと森を探してみます』
妙に恥ずかしくて、思わず焦った様に料理を掻き込み、その場から逃げ出してしまったのだけど。
「途中で引き返して、食堂で灯もらってくれば良かった」
と何度目かになる呟きを漏らし、後ろに広がる暗闇を振り返る。これをまた戻るとすると、それはそれで危ない気がする。
「それにしても…」
ノーマが二人を見た詳しい時間は知らないけれど、半分くらいしか洗濯も終わっていなかったし…少なくともあれから4、5時間は過ぎて居る筈だ。
そ、そそそんなに時間が、かかるものな…の?
ドキドキしながら俯きがちに目をぱちぱちさせる。
シェシィリエは本当に、びっくりするくらいその手の話に免疫がない。
健気に親方の手伝いをしていたシェシィリエに、同じ年頃の子供と接する機会なんてそうは無く…結果として、恋どころか友達とその手の話で盛り上がる経験もしてはこなかった。
どこをどうするかも、何をどうするかも、てんで解らないまま取り残されている、そんなシェシィリエである。
それ以上は考えるのも恥ずかしくなって、振り払うように足を急かした。
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