Story

□In a cadenza
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15.



 前方の目視出来ない壁面ぎりぎりに横たわる娘を目にしたエイネイは、僅かにつり上がった目をスッと細めた。
 逃げ出そうと壁にぶつけでもしたのだろうか。よく見ると柔らかな曲線を描く額の、ちょうど真ん中辺りがうっすら鬱血している。
 そこだけ黒く見える額にニィルの気の強さを垣間見て、エイネイは幾分か爽快な心地になった。
怯えて立ち上がることも出来ないようなら、絶望して身を守るのも放棄していたなら…見捨てて帰ることも覚悟していたのだけど。

根性あるよ、お前。
お前みたいなのは嫌いじゃない、生きることを諦めない人間は。

「えらいことになってるな」

 ペタリと張り付いた髪の毛を払ってやって、助け起こしてやりながらエイネイは真顔で続けた。

「顔が」
「ふぐぐぅっ!!」

 うるさいっ!と言ったのだろうか、鋭く繰り出された頭突きを軽くいなして、猿轡を解いてやる。

「うるっさいのよっ!!自分の顔なんて自分でも解ってるのよ!!っていうか言っちゃダメでしょ?!顔のことは!!」

 泣き叫ぶみたいにして食ってかかるニィル。
なかなか止まらない罵声はいつの間にか、エイネイに向けたものから自分を閉じ込めた魔術師へと移っていた。
緊張の糸が切れて溜まった鬱憤が暴発した…と言ったところか。

「あのなニィル」

 参った、と見事な赤毛をがしがしと掻き乱し、エイネイは言いにくそうに口を開く。

「ここから、どうやって出るか解らないんだが」

 は?とニィルが固まる。
助けてもらえるんじゃないの?と、いっそ無邪気なまでにそう信じていたのが、ぽかんとした顔からは伺えて。エイネイは本当に参ったとまた呟く。
閉じ込められているだろうことは予想が着いた、それが恐らくは人も寄り付かない森の何処かだということも。

助けにきて罠に嵌まるとか…間抜け過ぎるよなぁ。

 肌を取り巻く生温い空気。
緑の燐光は魔法陣の形をなぞり外界を遮る。

アゼルに呪い返しの一つでも、貰ってくるべきだったか。

 一度の失敗でめげれば良いものを、とエイネイは苦々しく胸中で吐き捨てる。
この期に及んでまだ魔術を用いるとは、いくらなんでも予想外過ぎた。


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