Story

□In a cadenza
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 受け取った小さな文字の羅列を追っていく横顔を、静かに盗み見るシェシィリエの唇がくしゃりと歪んだ笑みを象る。
細かく揺れる琥珀の動きが誘う様に視覚から記憶を揺り起こし、泣きたいような気持ちが浮かんでは切なく消えていく。


『捕縛の魔法陣に限らず特定の個人を相手にする場合、一番有効で確実なのは名前だ。
呼び出したい者、捕まえたい者の名前を書き加える。最も狭い範囲で対象を決定するのにこれ以上のものはない。
魂の在り様を歪めた以上は、冥界で眠りにつくことはもう出来ない…魂そのものが人の物ではなくなっているから、開くとすれば冥界の門ではなく魔界の門だ。
ただもし魔物の中に人の部分を残しているなら、或は何か方法が有るかもしれない。名前は最も強く古い魔法、最強の呪文だ。
それが有れば、或は…魂の歪みを正すことも出来るかもしれないが。

…難しいだろうな』





難しくても、それでも。
可能性が有るなら…僕は。

 カサリと音を立ててめくられていく紙をぼんやりと映し、シェシィリエは弱く唇を噛む。


「エイネイ」
「ああ…なん、おいっ?」

 目を向けたエイネイがぎょっとして、焦って延びて来た腕に黒い頭をぐしぐしと掻き回される。

「悪い、俺何かしたか?」
「…、ネイ?」

 そんなに慌てる意味が解らなくて困惑し、次いでシェシィリエは微苦笑する。まるで泣き出す寸前の子供の様な、情けない顔が窓ガラスに映っていた。

「したなら謝る、だからこんなとこで泣き出したりするなよ?」
「エイネイ」
「あ?どうした」

 唇に、ゆるゆると奇妙な笑みが浮かぶ。

「一週間分纏めて持って来て有りますけど、もう少し先まで必要ですか?」

 口にする筈だった言葉を飲み込んで、シェシィリエは小さな笑みを乗せて首を振った。

「…ああ、ついでにこの辺りの歴史とか巷説なんかの本が有れば助かる。一番最初が解らないことにはどうしようもない」

 探る様な両眼から顔を背け、解りましたと頷いて足音を立てないように歩き出す。


貴方も、シリスと同じですか? 


 口に出来ない疑惑が胸に突き刺さって柔らかい肉を刔り込む。
シェシィリエの顔に、堪え切れない痛みが貼付いた。

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