Story

□In a cadenza
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18.



「まだ帰ってこないの?」

 差し込む陽光を睨み、思わずといった調子で唇から零れた言葉が苛々と揺れて響く。
 二人が街へ出たのは今朝、窓に差す光の具合だと今はちょうど昼を過ぎたくらいか。
その間ずっとこの豪奢な牢獄を満たし続ける物と言えば、少しの緊張と扉の向こうから漂ってくる好奇心とそして後はひたすらに退屈な沈黙。
シリスはあの流水の如き静かな怒りを浴びせ掛けたきりずっと外の景色を眺めているし、残るアゼルは元々の性質からして喋り上手ではない。
ただでさえ情緒不安定なニィルが抑え切れず癇癪を起こすのも仕方ないと思えて、アゼルは口下手で申し訳ないと平謝りしたい気分で床を見つめた。

「今更だけど、大丈夫なの?二人とも魔術に関しては素人なんでしょ?」

 怪しまれずニィルをこの部屋に移動させる為に失敬してきた宿の備品、黒い鬘が手荒く脱ぎ捨てられて宙を舞う。
着地地点はシリスの足元だ。

「失敗して取っ捕ってるんじゃないの?」

 シリスはチラリと足元の鬘を見て、甲高い声で詰め寄られるアゼルには素知らぬふりでまた窓へと擦り寄っていく。

俺を助けるという意思はそこにはないのか…!

 俺より鬘が大事なのか!?と妙なことを口走ってしまいそうで、アゼルは引き攣りながらシリスを視界から削除し刺々した瞳と相対した。
今のニィルが魔術師のアゼルを胡散臭く思うのは当然としても、この遠慮や建前を吹っ飛ばした嫌悪の表情は何かちょっと傷つく。

「どうだろう」
「何よそれ!」

 苛々と睨む、この迫力はなんなのだろうか。

「…、ごめんなさい」

 年頃の娘とはこんなにも恐ろしいものなのか…無言でそんなことを考えていると、罰が悪くなったのか急に勢いを無くしたニィルから小さな謝罪が聞こえた。

「いや、君は悪くない」

 ニィルの懸念は尤もなことで、重々しくそう答えながら首を振るしか出来ない。
魔術の触りのさらに上辺、もしかしたら今朝部屋を出る前に教えた幾つかのこと以外、シィリエは何も知らないかもしれないのだ。

狙われているニィルから目を離すわけには確かにいかないが…

 ここにきて、二人を行かせたのは間違いだったかと僅かな後悔が滲む。

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