Story

□In a cadenza
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19.



 静かだった。
滑る様に扉を潜るエイネイの後に着いて敷居を跨ぎながら、拍子抜けしたような心地で額に刺さる涼しい視線を分析する。
 咎めるでも責めるでも無い翠の目は不思議と静かで、けれど穏やかと言うよりは何処かよそよそしさを感じさせた。
 ゆっくりと後ろ手に扉を閉めて、瞼の裏に小さな壁を挟んでいる様なそんな瞳を見返す。意外にも先に目を逸らしたのはシリスだった。

「お帰りなさい、エイネイ!」

 飛び付く一歩手前で踏み止まったのがありあり解る勢いで、目に涙すら浮かべたニィルがエイネイの前に飛び出してくる。
赤い白目から語らぬ苦労が手に見て取れて、シェシィリエは心の内で謝罪した。

この組み合わせは、確かに可哀相だった。

 心なしかアゼルまでホッとしている様に見えるのは…たぶん気の所為ではない。
何やったの?とシリスを見遣ると、疑問ごと流すみたいに窓へと視線を逃がされた。

「早速だが本題に入って、いいか?」

 さりげなくニィルを退かすエイネイの瞳に、厳しさが覗く。

「ナシア・グラーシカ。男爵家の使用人、半年前に死んでる」

 アゼルの驚いた視線がエイネイに突き刺さり、ニィルは訝り顔で瞬く。
変わらず窓を見ているシリスに、やっぱり…と床に目を落とした。
男爵家の誰かが死んだという疑念は既に彼の中で事実として位置付けられていたのだろう、だから驚かずにいられる。

考えないって決めたじゃないか。

 唇をきゅっと引き結び瞼に力を込めた。
誰が何が正しく誰を何を悲しむか、それはもっとずっと後で考えるから。だから今は心の深くに封じていようと、掴んだ自分の肘に痛みと共に刻み込む。

「ちょっと、意味解んない会話しないでよ!!」

 苛立たしげに響いた尖んがった声を合図に、バチンッと音がしそうなくらい勢い良く五指を開く。袖に変な皺が出来ていた。

「ああニィル、そうだったね」

 ふわり、と。落ち着かせる為か微笑を浮かべ、今にも髪を掻きむしりそうなニィルの頭を撫でる。
 擦れ違う時に鼻先を擽った薔薇、それは覚えのある香。
香水は持っていなかったと思うが…繊維の奥まで染み込んでいるのか、匂い袋でも縫い付けてあるのか。

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