Story
□In a cadenza
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20.
美しい生き物は常に生きている匂いがしないといけない…、そうでなければ本当の作り物になってしまう。
不自然な造形美が後に残すのは、美しい物を見た恍惚感ではなく畏怖。
シリスがそうで有るように、この女主人もまた微笑みを絶やしてはならないと、手摺りの隙間から覗く横顔を見ながら強く思う。
何処を見ているのか解らない朧げな眼差し、表情を消した顔は白さばかりが目立って死体の様だ。
「お待たせして、申し訳ない」
記帳台に凭れていた女主人がゆっくりと振り返った。
黄泉返りの瞬間に居合わせた様な錯覚、殆ど反射的に浮かんだ柔らかな微笑が死者に命の匂いを吹き込む。
「治療はもう?」
「否、ニィルが後にしてほしいと」
「まぁ、うちの従業員が我が儘を」
「とんでもない」
本心から言っているのだと信じて返事をする。これが100%建前だったら薄ら寒くて何も言えなくなりそうだ。
「用事とは、何だろうか」
「ええ、実はお客様がいらして」
「客…?」
怪訝な顔のアゼルを促し移動しながら疑問に答えていく。
「まだ詳しくは聞いていないけれど、あの事件の話をなさりたいらしくて…それなら同席して頂いた方が良いと思って」
本当は直接シリス君の所に案内したかったのだけど、と目を伏せる女主人に同意する。容疑者である以上は滅多な事は出来ない。
「こちらで待って頂いているわ」
「ちょっと待ってくれ、誰が来たのかをまだ聞いていない」
慌てたアゼルを無視して扉を軽くノックする。
悪戯っぽく光る両目が、それは会ってからのお楽しみ、と実に楽しそうに笑っていた。
「お待たせいたしました」
赤いドレスの裾が翻る。蝶の羽ばたきにも似て雅やかに、見る者を深い酔いの底に沈める妖しさを秘めて。
「魔術師のアゼルと申します」
逆光の中に立つ誰かに礼を取る。
右腕を胸で折り畳み軽く屈む様に頭を下げる、杖を持つ手を邪魔しない魔術師特有の礼法は流石に堂に入っていた。
「聞き及んだところ一昨日の件についてのお話がお有りだとか、どうか同席をお許し頂きたい」
黒い塊の様に判別しない影に視線を定め、窓から真っ直ぐ差し込んでくる陽光に軽く目をしばたく。
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