Story
□In a cadenza
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21.
『テメェ等は男爵家のゴタゴタに手ぇ出したくねぇだけだろ!だから病死なんつって臭い物に蓋をすんだろうが!』
胸を刔る、その言葉。
耳にこびりついて離れないそれを振り払う様にシェシィリエは首を振る。気持ちが悪くなるまで、何度も。
「何をしている、お前は」
「あいだっ!」
呆れた声がパチンッと掌が鳴る音と一緒に鼓膜を打ち、両耳を塞いだ白い手がひんやりと存在を主張する。
「声くらいかけて下さい」
「かけただろ、ちゃんと」
「同時に手が出たら意味ないです」
「ふぅん、後なら良いのか」
「そもそも手を出す必要がないって言ってます」
お互いに不満めいたものを滲む軽口を叩きながら、靴裏で地面の感触を確かめランタンの明かりを頼りに歩く。
「結局…真実は闇の中にしか無いんですね」
呟き、掲げ直した橙色の光が見慣れた横顔を闇の中に浮かび上がらせ、恐ろしいほど秀逸なシリスの輪郭を少しだけ柔かく見せた。
「これで本当に良かったんでしょうか」
「だったら今からでも教えてやれば?あの傭兵達に真実とやらを」
シリスがランタンの光をひらと横切る黄金色の葉っぱを、煩わしそうに指先で捕まえてはペッと後ろに放り投げる。
「そんな言い方って」
酷い、と詰る言葉を咄嗟に喉で潰して、シェシィリエは唇を噛んだ。
「…いえ」
真実はきっと彼らの手には余るだろう。
話せば…今の自分が抱えるこの葛藤を彼らもまた抱えることになる、それも何倍もの重みで。
「折り合いが付けられないことは多々有る。思い通りにならないことは、更に多い」
眼鏡の奥の目は憂いに陰り、何となく地面に落ちていく扇型を追っているのに、耳は振り向きもしないまま紡がれていくシリスの言葉を追いかける。
「真実とは神の存在と同じようなもの、神が必ずしも希望であるとは限らないように」
前を見つめる翡翠の瞳は何処か無機質で、暗い闇の向こうを覗き込むみたいに深い。
「真実が必ずしも誰かを救うとは限らない」
分かってる。
分かってるけど…でも、黙ってることがこんなに苦しい。
「…忘れて下さい」
痛みだけが、消えないまま。
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