Story

□In a cadenza
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22.



 今にも消えてしまいそうに弱々しく頼りなげに浮遊する、かぼそく揺らぐ一筋の光。
淡い幻のような軌跡を残し漂うだけの物、それが今の自分だと何となくだが知っている。
自分で自分の姿を見ること何て出来ないのに、可笑しな話ね、とナシアは無くした唇を笑みの形に震わせた。

体が凄く軽いわ、いいえ、軽いのは心かしら?私の体は既に何処にも無いのだから。

 霧に一面を包み込まれたみたいに茫洋とした世界、夢の中にまどろむみたいな心地良さはまるで楽園のよう…ほかほかとした陽射しの温もりさえ感じる。
 ああ、けれど。
背中だったかもしれない所に張り付いている、この冷たさは何なのだろう…ぞくぞくと背筋を這い上っていく悪寒は。
脊椎を縦に貫き通して、ズキズキと痛いくらいに冷やしていくこれは。

孤独…?

 この寒さは孤独、この冷たさは孤独。
この背には昏く凍てつく底無しの闇がこびり付いている。

孤独、独り、私は見捨てられた…何もかも全てから!この世に在るもの全てから!

 ふわふわと空を旅する軽やかさを、無邪気に喜んでいた自分の何と愚かなことか。
迫る影を振り払いたくて我武者羅に暴れ回っても、五体を持たない身ではどうにもならないと思い知らされる。
残っているのは心だけ、その心許なさにナシアは今初めて気が付いた。

なんてこと…!

 気を逸らすこともままならず、気休めになる何かを見つけることも出来ない。
何かにぶつかっているのか何かを蹴り飛ばしているのか、それとも何にも触れていないのか。
足元には何が有って側には誰がいるのだろう、もしや誰もいないのか。
今は朝?それとも夜?自分は何処を漂っているのだろう、見知った場所かそれとも遠い異国か広い海の真ん中か。

見えないことが、感じないことが、痛まないことが、こんなに恐ろしいなんて、知らなかった!

 さっきまで楽園であった筈のこの場所が、まさか地獄であったとは。
暖かな陽射しと感ぜられた熱が、灰も残さず燃やし尽くす地獄の業火であったとは。

誰かッ!
助けて誰か…誰か!

 必死に空を掻き分けもがき、そして愕然とする。

私は"見えている"の?
他の誰かに、私はの姿は"見えている"の?

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