Story
□In a Scherzo
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「まぁ、それではイディーティオ様もご存知でしたのね」
隠さない媚びを含んで囁く声にフィフィは声のした方を振り向き、直ぐに顔を逸らして視線だけをそちらに送る。
じっと見ては不興を買うから、ちらりと盗み見るように。
「晩餐会の招待状なら僕のところにも」
膨らんだドレスに埋もれるみたいに囲まれて微笑む若い男、ヤィエ伯爵の息子であるイディーティオ・エタル・ヤィエ。
ほんの少しも嫌そうな素振りを見せず、化粧品が誤摩化す顔に平等に視線を割り振っている。
「イギィ…」
本当に空気を震わせたのか怪しいくらいに小さな声で、呼び慣れた愛称を呟く…一瞬でいい、その両目に自分を写して欲しかった。
ああイギィ、どうして。
どうしてこんな場所に、こんな残酷な場所に呼んだりしたのか。
そう責める言葉が喉から迸ってしまいそうになって、フィフィは咄嗟に唇を噛んで胃袋の底へと押し戻した。
分かっている。
彼は純粋に楽しんで欲しいと思って呼んだのだと…直ぐに卑屈になってしまうフィフィが悪いのだと。
所詮は下級貴族だ…
場違い、という単語が脳裏を閃きながら駆け抜けていく。
同じ貴族のくくりでも、上級貴族と下級貴族では財力も権力も天と地程も差がある。
隣街のロマーリオ男爵ぐらいの大きな財が有れば、さしたる問題でも無いのだろうけれど…あれは特例中の特例だ。
下級貴族の多くは庶民と殆ど変わらない生活をしているし、夜会に出席する事も稀で、ましてや自ら夜会を開くなんてとんでも無い。
むやみに散財できる金など家の何処にも無いのだから。
そんな貴族とは名ばかりの貧乏貴族、そのフィフィが伯爵家の夜会に出席するだなんて…上級貴族に列する者からは相当な顰蹙を買う行為だ。
いくら伯爵令息のイギィから誘いが有ったとしても、断るのが普通だ。
何故、来てしまったのだろう…
華々しい、夜会。
宝石の髪留め、金のブローチ、きつい香水。
色鮮やかなドレスの素晴らしく膨らんだ裾を揺らして、ツヤツヤと光を弾く髪を結い上げて。
彼の周りには美しく着飾った娘達が付き纏い、常に鮮やかな色彩を添えている。
着てるものは古臭くて陰気だし、着ている人間まで大したことないし…
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