Story
□In a Scherzo
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「あの、到着が、遅れると連絡が、先程…」
「ひぇっ?」
釘付けになったまま気が抜けた様に呟くガロを、素っ頓狂な疑問符を発した坊ちゃまが凝視する。
何となくシリスと目が合った。
「…嫌な予感がしませんか」
「聞くな」
シリスの何とも言えない視線が降り注ぎ、溜息混じりの一言が力無く闇に溶けて消えていく。
淡い憂いを帯びて瞬く翡翠の瞳を無言で見つめ返し、殆ど同時に後ろを振り返る。
それはまさに、阿吽の呼吸。
「乗れっ!!」
「はいっ!!」
シリスがシェシィリエの腕を掴んで颯爽かつ機敏に馬に跨がり、シェシィリエは地面を思いっきり蹴り飛ばす。
「あっ!」
不意を突いた二人の行動に瞠目する坊ちゃまとガロに一瞥すらくれず、シリスは閉じかけた門を目指して馬を疾走させた。
「出ます!待って!出ます!!」
叫べば門番がぎょっとしたように鍵を取り落とす…一体何事かとその目が語る。
「ちょ、ちょっと待て!お前達!」
ちっ、と舌打ちするシリスに内心で激しく同意した。何故追って来るのか…意味が解らない。
「閉めろ門番っ!閉めてしまえっ!」
坊ちゃまがそう叫び、職務を思い出した門番が鎧戸を下ろし始める。
進路を妨げられたシリスが衝突を避ける為に手綱を引き、勢いを殺しきれない馬が前足で大きく何度か宙を掻いた。
「門番っ!」
短く制するも門番はただ戸惑った顔をするだけで、閉じかけた門を開けようとはしない。
「逃げる事ないじゃないか!」
「…追いかける事もないと思いますが」
小さく言い返したシェシィリエの声が聞こえたのかどうか。
後ろから追い付いた坊ちゃまは、憤慨した様に馬車の座席を大きく揺らして立ち上がった。
「お前達は旅人だな?!ならば屋敷に来るが良い!」
人差し指を差さないで下さい、言いかけて頭を振る…もっと注目すべき箇所が有った筈。
「どうせ寝泊まりする場所もないのだろう!?泊めてやっても良いぞ!!」
居丈高に言い放つ坊ちゃまに唖然とした視線を向け、説明を求めるみたいにガロへ視線を移せば、それはもう申し訳なさそうにあさっての方に顔を逸らされた。
本当にもう何なの、この人…
眩暈がした。
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