Story

□In a Scherzo
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02.



 ガタン、ガタンと不規則に揺れる馬車の中。
乗り慣れない馬車に揺られ、シェシィリエは苦戦していた。
気後れするのか萎縮するのか体が言うことを聞かず、どうにも上手くバランスが取れない。
車輪が傾くと体を大きく揺らし、馬車が跳ねるとバランスを崩し…何度かそれ繰り返していると、空色の睫毛を仕方なさそうに瞬かせたシリスに強く引き寄せられる。
口を開いたりむやみに動いたりすると舌を噛むかもしれない…咄嗟に跳ね退けようとした自分を制し、シェシィリエはただ沈黙するに留めた。

 微かに辺りを漂う華やかな香。

くんっ、とピタリと密着しているのを良い事にシリスの上着に鼻を寄せる。
外に薔薇が植えられているのだと気付くのに、そう時間はかからなかった。

似ているけど、やっぱり違うんだ。

 シリスの衣服に染みたそれは本物の薔薇よりも何だか品が有って良い…華やかなのに穏やかな不思議な香。

どこに向かっているんだろう…

 眼鏡の奥の瞳を微かな不安に揺らがせて、シェシィリエは数度瞬く。
逃げようにも馬を押さえられてはそれも難しい…一頭立ての馬車は轡さえ有れば二頭立てに出来るらしく、今はシリスの馬でさえ拉致紛いを敢行した主従の手下と化している。
何処かで追い付かれるのがオチというもの、下手は打てない。

「それで?」

 切り出したシリスの眉間に薄く寄った皴に目敏く気付き、シェシィリエは悪寒に背筋を震わせた。

「一体どのような意図が有っての拉致、招待なのですか」

 いつもの、目だけ笑わない笑顔で宣うシリスに頬が引き攣る。

今この人、拉致って言った!

 態とか否か、たぶん恐らく態とだろうけれども。

「そう急くこともないだろう」

 ふふん、と鼻で笑う坊ちゃま。

その横っ面を全力で殴り付けてやりたい…!

 そんな衝動に駆られたシェシィリエを責められる者が、果たしているのだろうか。
そんな人がいて堪りますか!と、シェシィリエは自分の浮かべた疑問を即座に蹴散らした。

「急かないではいられない状況なのですが、こちらとしては」

 スッと翡翠の双眸が細くなる。
不快を表す仕種は一瞬で消えて、言葉は冗談が混じった様な軽さで響く。

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