Story
□In a Scherzo
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彼の居るそこだけが光の鋏で切り取られたみたいに…彼の居るそこだけが眩しく見える。
吟遊詩人が蝶々と歌う生き物達と冴えない自分を、どうやって並べることが出来るだろう…決して混じってはいけない自分をフィフィは呪った。
何で来てしまったんだろう、こんな所…
ゆっくりと滑るみたいに音が染み渡っていく。
名のある楽団がやがて奏で始めたのは愛らしい曲調のワルツだった。
「あら、この曲をご存知?イディーティオ様」
「ええ、レディ」
ああ、イギィ…!
その手を取らないで欲しいと心の内を嘆願が谺まする。
音になる事は無い叫びは何の抑止にもならずに、口腔で弾けて空へと消えた。
一度もこちらを見ることなく広場の中央を揃って歩いていく、二つの背中。
周囲は気を遣う様に一歩引き、まるで世界には二人しかいないみたいな…そんな光景が出来あがる。
ステップを踏む毎に黒髪が滑らかな軌跡を残し、ドレスの裾が薄紅と白の花びらの様に広がって。
緩やかな曲に合わせて開いては閉じる一輪の花、その花の手を取り半身をピタリ添わせる正装姿のイギィ。
仲睦まじい、その様子。
苦しげに瞼を伏せ、手元の葡萄酒に映った自分からも顔を背けた。
こんなもの見たくはないのに!
今にも喉から迸ってしまいそうな言葉。
目と目だけで解り合っている様な二人の息の合わさった動き、少しずつ華美に力強く転調していく弦の音。
華麗にステップを踏む高い踵が、床を打って音を鳴らし人々の視線を攫っては釘付けにしていく…
「…来なければよかった」
鳴り響く音楽を背中にクルクルと回り、クスクスと笑う二人を虚ろな目で見つめると、手の中のグラスを一気に煽った。
濃い紫色の液体は喉を焼きながら一気に胃へ滑り落ちる。
熱を持った喉に無意識に手を宛て、そこに僅かな凹凸の感触を見つけてフィフィはゆっくりと唇を歪めた。
「喉仏…」
強い自嘲が篭った呟きを拾う者はなく、フィフィは空っぽのグラスを見つめ緩慢な仕種でテーブルへと置く。
音楽はまだ中盤。
あちこちから聞こえる感嘆の溜息を振り切りたくて、フィフィは静かに広間を抜け出す。
ついにイギィと一度も視線を交わさぬまま、ただひっそりと。
ひっそりと姿を消した。
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