Story

□In a Scherzo
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04.



 頭から覆うように近づいた誰かの気配に、子供はゆるゆると首を上げた。
妙な顔付きをした男がこちらを覗き込んでいる…それだけ確認したら何だかどうでも良くなって、またすぐに顔を俯かせる。

『××××?』

 それは聞いたことのない゙音"。
何かを尋ねられているのか…けれど反応を返すことすら億劫で、ただただ無言で子供は膝を抱えて体を丸くする。
真っ黒に汚れた足の爪を眺めて瞬きを二回、背中に感じる固さと痛み。
頭がぼぅっとするのは、もしかしたら眠っていたからかもしれない。

『××?××××…』

 男が困った様に笑う、そんな気配がした。

『××××、××?』

 旋毛から後ろ頭までを暖かな何かが覆い隠し、そのままわしゃわしゃと髪を掻き混ぜられる。
大きな手だと思って、何だか眠くなってきたなと思って、一体何がしたいんだろうと思って。
そうして、ゆっくり顔を上げた。

『×××、×××』

 男は自分の胸の辺りを指で差し、何度も同じ発音を繰り返す。
どうやら名前を教えようとしているらしいと気付いた子供は、開いて閉じるひび割れた唇を吸い込まれるように凝視した。

「ア、××××」

 耳を澄まして自分のそれを戸惑いがちに動かしてみる。

「アぅぇん、の」
『ア×××イ×』
「あふぇんわ」
『ア・レ・ン・ワ・イ・ノ』
「あふぇんわーの!」

 仕方ないなとでも言うように微苦笑を浮かべた男に頭を撫でられる。
その掌がお前は?と尋ねている気がして、子供は痩せた頬をムズムズさせながら躊躇いがちに口を開いた。


「シィェ・ス・ルーェ」


 歌う様な美しい抑揚、厳かでいて煌びやかなその響きは、鼓膜に触れた途端に優しく弾けて甘い芳香を放つ。
懐かしい、切ないまでに懐かしいその残響。

『シィェ・ス・ルーェ…?』

 男の顔が驚愕に強張り両目がグワッと大きく見開かれる。
その顔が険しく歪むまでに、時間はかからなかった。

『シェシィリエ』

 急激に人相の変わってしまった男に、子供は肩を震わせて後退る。

「……?シェ?」

 儚い肩を強く掴み、男は恫喝するように言った。



「シェシィリエ」





それが“僕”の始まり。

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