‡捧物処‡
□恋心
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最近の俺はおかしい……。
気付けば、目が追いかけている。
声が聞こえたら、耳を澄ませている。
何なんだろう?
この気持ち―――――
**************
近藤さんの道場に向かう為に家を出た所で、帰宅してきた左之さんと目があった。
「左ー之さん、今帰り?」
「おぅ…平助は今から道場か?」
「うん、大会が近いからね」
「そうか…怪我すんなよ?」
「しねーし!」
大きな暖かい掌が俺の頭をガシガシ撫でる。
俺が通う学校の先生であり……家が隣の、お兄ちゃんの様な存在の左之さん。
昔から俺を子ども扱いしかしないけど……こうやって頭を撫でられるのが好きだった……のに。
今は……何故か苦しい。
「……平助?顔赤いけど…熱ないか?」
左之さんの手が額に触れる。
それだけで心臓がバクバクする。
「だ…大丈夫だから」
「そうか?」
「うん…じゃあ行って来る!」
気を付けてな?の声を後ろに、暖かい掌から逃げる様に道場へ向かう。
今までと同じ様に接してくれる左之さんの顔が、まともに見られない……。
これってまるで………――
「恋だね、平助」
「うひゃあっっ……!」
「何奇声あげてんの?馬鹿なの?」
「そ…総司…。普通いきなり声掛けられたらビビるだろ…」
練習の合間の休憩時間。
後ろからいきなり声をかけて来たのは、幼なじみで同級生の総司。
「平助がいつもに増して阿呆面してるから、心配で声掛けてあげたのに…」
「阿呆面って……」
「溜め息付いたり赤くなったり…まるで恋する乙女みたいだよ?」
「こ…恋???」
…………恋?
俺……今、誰の事を考えてた?
誰――――を思ってた?
「………図星?」
総司はニヤッと笑いながら、俺を覗き込んでくる。
「べ…別に…」
「ふーん……」
飄々とした総司は案外鋭い。
「まだ自覚してないのかな…このお子ちゃまは………」
「は?どーゆー意味だよ?」
「んー…別にぃ?…ほら練習始まるよ?」
「お、おい…」
―――こんなお子ちゃま相手じゃあ…あの人も大変だね…
何だかんだと左之さんの視線は、いつも平助に向けられているのに……そんでもって平助も、左之さんの姿を追ってるのに……。
**************
「…いってぇ…」
総司の言葉や自分の気持ちに振り回され、結局は練習に身が入らず散々だった……
つか総司……嬉しそうに打ち込みやがって…
「うおっ!……と平助?」
余所見してた俺は、角を曲がった時に誰かにぶつかった。
謝るより先に聞こえた声………
「…左之さん??」
「おっ…今帰りか?」
「う…うん…左之さんは何してんの?」
俺の戸惑いの元凶の出現に、目を反らせながらも会話を続ける。
「ん?ちょっと煙草を買いに出た……………って…平助???」
突然左之さんが俺の腕を取り叫ぶ。
「これ……どうしたんだよ?」
「あぁ…打ち込みの時にドジって…」
幾つもの内出血と擦り傷の付いた腕。どんだけ俺が集中してなかったかを物語るには充分だよな……。
「ドジってって……お前程の腕前のやつが……」
心配気に見つめる瞳と声に、俺の心臓がまたバクバクしだす。
「も…大丈夫だから…左之さ…」
「来い!!!」
これ以上一緒にいると俺の心臓が破裂するっ!……逃げようと思い腕をすり抜けようとしたのに………
その前に、左之さんに腕を取られ、引き摺られる様に左之さんの家に連れて来られた。
「ちょっ…左之さん?」
「ほら…腕出せって…」
投げる様にソファーに座らされた俺に、傷の手当てを始める左之さん。
「いいって…家で自分でするから…」
「腕の裏にも傷があるぞ?んなトコ自分で出来ねぇだろーが…」
ブツブツいいながら、次々と処置してくれる…。
流石保健体育教師…と、何気なく左之さんを見つめる。
男なのに案外長い睫毛してんな…。男女問わず人気がある左之さん。
やっぱ綺麗だな…………
何て考えてたら、顔を上げた左之さんと視線がぶつかる。
「っ///」
「…痛いか?」
「うぅん…大丈夫…」
………ダメだ。
何でこんなにドキドキすんだよ…。
『まるで恋する乙女みたいだよ?』
総司の言葉が蘇る。
俺は男で……左之さんも男。
……なのに俺は……
「……これで大丈夫だろ」
治療が済んだ左之さんの声が聞こえた。
「あ…ありがとう…」
………
「あ…あの……左之さん?」
手当ては終わった筈なのに…何で手を離してくれない…?
蜜色の瞳が俺を見つめる。
目を反らせなくて、俺もつい見つめかえしてしまう。