‡捧物処‡

□山崎くんの災難
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……何だ?この異様な忙しさは?

体が…持たない…。
山崎は思わず独りごちた。



**********



「え?俺が……?」

同じクラスの斎藤くんから頼み事があると言われ、
話を聞いたのが昨日。
彼は風紀委員長として日々走り回っている。
そんな彼から、どうしても外せない用事があるから…と、
一日だけ風紀委員の代理をして欲しいと頼まれた。

保健委員の仕事もあり、一日とはいえ掛け持ちなどと
中途半端な事は出来ないと一旦断ったが…

「山崎、真面目なあんただから頼めるんだ。
大丈夫、保健委員の仕事は山南さんにお願いして
明日は免除にしてもらってある」

……断れないじゃないか。
というか斎藤くん…抜目ないな…。

有無を言わせぬ斎藤くんに押され、明日一日だけ…との
約束で俺は風紀委員代理を引き受けた…が。
予想以上の激務に、引き受けた事を既に後悔していた。



朝は校門での立番。
朝早いのは平気だが、様々な生徒がいるので大変だ。
斎藤くんから預かった『風紀委員の心得帳』片手に
チェックしていく。

一緒に立番をする南雲くんは、登校する生徒に喧嘩を
売る様な発言をしまくり、一触即発になる事数回。


「あれー?今日ははじめくんいないの?朝から
山崎くんのしかめっ面なんか見たくないなぁー」

もうすぐ予鈴だというのに呑気に歩く沖田くんに少しイラッとし…


時間が来たので校門を閉めようとしたら

「ま…待ってくれよーーーっ!!」

と叫びながらタックルさながら校門に飛び込む藤堂くん…。
走ってた君は気づかなかっただろうが、咄嗟に
ぶつかった肩…地味に痛かったよ?


「俺様の登校だ。そこの下賤の者、
門を開けるがいい」

…一応生徒会長ともあろう者が。遅刻しといて何を偉そうに。
風間、あちらから行きますよ、と引っ張って行く
天霧先輩。
よくあの生徒会長と付き合えるなと、あるある意味尊敬だ。



「朝から疲れただろ、山崎」

不意に声を掛けられ振り返ると
そこには教頭の土方先生。

「はぁ……い、いえ大丈夫です」

「いやいや、無理しなくていい」

慌てて否定するが、土方先生は苦笑いしながら
これでも食って元気出せと、色んな意味で伝説の
石田散薬製菓の飴を下さった…。




**********



朝の立ち番の後は、様々な雑務に追われる。
いつも淡々とこなす斎藤くんを見ていたが、
こんなに激務だったのかと改めて思う。


「昼飯…たまには屋上で食べるか…」

ふと思い立ち、気分転換を兼ねてフラフラと
一人屋上へ向かった。




**********




春の日差しは柔らかく暖かく、疲れた俺を癒してくれる。
軽く伸びをして、放課後までの風紀委員の仕事を
確認すべく心得帳に目を通すと…。
気になる箇所が目に付いた。

『昼休み、屋上にいる馬鹿たちは放置。言うだけ無駄』


「……なんだ、これは…」

確かに数名、屋上で昼飯をとる生徒はいる。
しかし…馬鹿とはどういう意味だ?
几帳面な斎藤くんが意味もない事を書き留める訳がない…。

色々考えていると授業開始前の予鈴が鳴り出した。
そろそろ教室に…と腰を上げたとき。
反対側から何やら聞こえて来た。

予鈴も鳴ったのに何を…風紀委員代理として
一言注意を…と、そちらへ向かい………



思わず固まってしまった。



藤堂くんと……原田先生?


死角になる壁に凭れる原田先生の膝に…
藤堂くんが向かいあって乗ってる……。



「授業出んのヤダ!左之さんともっとこーしてたい!」

「バーカ…5限目は土方さんの授業だろうが。
ちゃんと出ねーと、また拳骨喰らうぞ?」

「ちぇっ…」

「拗ねるなって。…今日はウチ泊まり来んだろ?」

「うんっ!」

「それまで我慢しろ。仕事終わったら迎えに行くから…
そうだな、駅前のマックで待っとけ、な?」

「うー…じゃあ…我慢するから…チューしてくれよ」

「はいはい…」




………目の前に広がる、ザラメに蜂蜜をまぶした様な
甘い別次元の世界に、激しい目眩がした。



「あー、山崎くん覗き見?いい趣味してるね?」

ニヤニヤと笑いながら声をかけて来た沖田くん。
いつから背後にいたんだ?

「あの馬鹿ップルは放っておいた方が身の為だよ。
言ってても無駄だし」

じゃーねー、とヒラヒラ手を振りながら帰る
沖田くんを見送りながら、斎藤くんの手帳の意味を
ようやく理解したのだった…。




**********




「山崎さん…どうしたの?何か疲れてる?」

放課後、机に突っ伏した俺に、彼女である雪村くんが
話しかけて来た。


「5限目の授業にも遅れて来たし…体調悪いの?」

「いや…慣れない風紀委員の仕事に、ちょっと疲れただけだ」

心配そうに覗き込む雪村くんを安心させようと、
務めて普段通りに答えた。


「そっかー。じゃあ今日は私が山崎さんを労らないとね!」

普段から俺をさりげなく気遣ってくれる雪村くんの
優しさが、心に沁み渡る…。


「ちょうど駅前のマックのクーポンがあるから…」

ーーーーーマック…

駅前のマック???

「駅前のマックはダメだっっ!!」

「え?山崎さん、どうしたの?大声出して…」

思わず叫んだ俺を、雪村くんは勿論、
周りも驚き此方を見ている。

「い…いやその…今日はだな…マックの気分では
ないと言うか…その…」

「?」

「何か…あれだ、疲れた時は甘い物がいいからな。
ほら、雪村くんが一度行きたいと言ってたスイーツを
食べに行かないか?」

「山崎さん甘いの…苦手でしょ?大丈夫?」

「あぁ、今日なら食べられそうな気がするんだ」

不思議そうな顔をする雪村くんの手を引き教室を出る。


あの昼間見た…
甘々な世界に比べば、苦手な甘味も食べられる………

そんな気がした。



(了)




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