KiKi.

□01.
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「向日葵って言われて嬉しかったんだよね…」

断熱材が施された窓の向こうは、そりゃあもう驚くくらいの暴風雪で、びゅうびゅうと唸る風の音が響いている。あたしのお腹の上で寝ているおばあちゃん猫の弥生(やよい)は、風で雪が窓に当たるたびに耳をぴくぴくとさせていて、こっちは昼寝してるのに天気がこれってどうよとか思ってのかな。

あたしが弥生だったら、吹雪で昼寝の邪魔をする天気の神様あたりを鋭い爪で引っ掻いてやるけどね。でも、弥生はそんなことはしない。耳をぴくぴくさせながら、昼寝を続ける。時々、思い出したようにのっそりと起き上がって、寝床を変えてみるだけ。

炬燵に腰まで入れて寝そべるあたしの腹で眠る弥生。
その飼い主で、この家の大黒柱の桜ちゃんは、あたしの独り言にも似たそれに何も言わずに仕事を続けている。

「猫背。背骨に悪いよ」

桜ちゃんは気にした様子もなく、黙々と鉛筆を画用紙に走らせている。「桜」なんて女っぽい名前をしてるけど、猫背の背中を丸まらせて机で作業に没頭しているのは、今年めでたく生誕29周年を迎えたオジサン。
でも、名は体を表すと言ったように、桜ちゃんは桜の木のようにそこに立っている。イメージでしかないけど、凛とした佇まいでそこにいる。

桜ちゃんの仕事はイラストレーターだ。絵というものに関して技術はもちろん、予備知識がないあたしでも、桜ちゃんの絵はすごいと思う。
よくわからないけど、その「よくわからない」ところが気持ち良いのだ。手を伸ばせば絵の中に呑み込まれるんじゃないかと、それくらい膨大な世界が一つの絵の中に出来上がっている。

一枚の絵に一つの世界を独立させるイラストレーター「ヤマザクラ」。それが桜ちゃんが仕事をするときの名前だ。昔、あたしがまだ五歳とかその辺だったころ、桜ちゃんのことを「叔父さん」と呼んで怒られたことがある。どう怒られたのかは覚えていないけど、めちゃくちゃ怖くて泣いたのは確かだ。
それから十数年、あの頃はお兄ちゃんでも通じる若さだった桜ちゃんは、今では三十路街道まっしぐらの世間一般的にも「オジサン」になりつつある。

襟足が長い黒髪、黒ぶち眼鏡、黒いVネックの長袖と、どれだけ黒が好きなんですかオジサン。

「誰に言われたの?」
「はい?」

意味がわからず聞き返せば、舌たらずに「向日葵」と言われた。

「いつも一緒にいる友達から。湯本は花にするなら向日葵だよねって」

桜ちゃんは興味あるのか、無いのか、曖昧に相槌を打つ。別に気にしない。これが桜ちゃんのスタイルだから。

絵と同じで、なに考えているのかわからない人間で、気付いたらいなくなっちゃいそうな感じがする。ふらふらしてて、なのに仕事人間で、本当に桜ちゃんはよくわからない。




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