KiKi.

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それから緋山くんは、あたしに自分の描いた絵を見せてくれた。ひとつひとつ説明しながら見せてくれる緋山くんの絵は、どれも水彩画で、下書きの鉛筆の線が見えるほど薄い色付けだった。
動物、花、風景。全部が透けるような絵で、触れたら壊れてしまいそうだ。消えてしまいそうな、緋山くんみたい。

ふと、美術部なら、「秘密の木」のことを知っているのではないかと思った。

「あのさ、あたしたちが一年生のころあっちの美術室にあった、なんかの木を描いた綺麗な絵知らない?」
「なんかの木?」

緋山くんは、少し考えこむような仕草をした。それから、見せてくれた自分の絵を片付け始めた。

「あれは、卒業した先輩の絵です」

それを聞いて、あたしは心底ガッカリした。ずっと、あの絵の完成を見たかったから。桜ちゃんの絵とは違うけど、何故か惹かれるあの絵の完全な形。未完成でも好きだったけど、この絵はどんな絵になるんだろうって、先が知りたかったんだ。

「そっかぁ、卒業しちゃったのか」
「残念ですか?」
「ちょっとね」

嘘だ。本当は、ものすごく残念で、悔しい。あたしが買ってきておいたアイスを、桜ちゃんに勝手に食べられた時より悔しい。

「僕も残念ですよ」

隣で、緋山くんはそう言った。全然、残念そうになんか見えないけど。

緋山くんは、授業中にどんな絵を描いているんだろう。大きなキャンバスに描かれた彼の絵のように、デッサン重視の絵だろうか。それとも、授業に勤しむクラスメイトの横顔でも描いて、一人満足気に笑っているのだろうか。緋山くんなら、後者の方が彼らしいなと、失礼なことを考えた。








予鈴が鳴ったので教室に戻ると、教室中の視線に刺された。もし、視線で人を殺すことができるのなら、あたしたちは血塗れの死体と化している。それくらい、痛い視線だった。しかし、緋山くんはしれっとした顔で席に座っていた。さすがだ。

笹谷くんを筆頭とするバドミントン部集団は、具合が悪そうな顔であたしを見ていた。笹谷くん自身は、あたしの方を見てなくて、高橋くんと小突き合っている。いつも笹谷くんの周りにいる奴らがあたしを見ているんだ。なんだろう、仲間意識ってやつかな。嫌だな、昼休みとかに呼び出されたら。

そんなあたしの心配は、無駄な気苦労として終わった。何事もなく、笹谷くんが左頬を赤くしただけだった。





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