KiKi.
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「お姉、今日はどうしたの?」
お姉はとっくにこの家を出ている。
「ちょっと旅行行ったからね、お土産持ってきたの。ついでに、夕飯も食べていこうかしらって」
「守(まもる)さんは?」
そう聞いたのは、今だ某赤い帽子のヒゲを操っている弟だ。そろそろやめたらどうだろうか。
しかし、そんな弟と咎めることなく、お姉は笑って首を振った。薄く化粧をして頬が、赤い口紅を引いた唇が、綺麗に笑みを作る。お姉は今年で24歳になるくせに、やけに少女みたいな笑みをする。正直、化粧をした顔を見ると、背伸びした中学生が大人ぶっているようにしか見えない。
「守は、今日は残業なのよ。一人でご飯も寂しいし、だからここで食べていくの」
守とは、お姉の旦那さん。お姉より2つ年上で、商社の経理部で日夜、書類とにらめっこしているらしい(お姉談)。真面目なんだけど、冗談が通じない時もあるし、それをお姉にからかわれては顔を真っ赤にさせている。どっちが年上なのか。
どこで出会ったのか。どのくらいの付き合いなのか。お姉は何も教えてくれない。あたしはもちろん、お父さんとお母さんにまで。3年前のある日に、守さんを家に連れてくると、「あたしの旦那です」と言って、さっさと結婚してしまった。恐るべき、女だ。
「なぁんだ、守さんに会いたかったな」
弟は、守さんに懐いている。血の繋がりがある桜ちゃんを毛嫌いするのに、何も繋がりのない、お姉という中継地点を有さないと繋がらなかった男に懐く。血のつながりとは、時には目に見えないものに負けるほどに、とても危うく脆いものだ。
「それ今度来たときに守に言ってやってよ」
「なんで?」
「守さ、『菊野ちゃんと、楓くんにどう接していいかわからない』って言ってからね」
弟は「了解」と調子良く頷く。
お姉が言った「今度」は、一体いつになるのだろうか。あの少々気の弱い義兄は、お父さんに委縮してしまうらしく、なかなか家に寄ろうとしないのだ。お姉が来れば、一緒に来るが、それでも居心地悪そうにしている。
自分の居場所が見えないからだ。居場所を見つけられないから、そこにいる意味はない。そこにいる意味はないのに、何故そこに居ないといけないのか。だから居心地が悪いんだ。その気持ちは、少しわかる気がする。
「じゃ、ご飯出来たから早く来なさいね」
「お姉」
「なに?」
「結婚してよかった?」
守さんは、お姉の居場所。お姉は、守さんの居場所。お互いがお互いの居場所になることが、あたしは結婚だと思う。
お姉は「よかったわよ」と、幼い笑みで答えた。
あたしは、桜ちゃんの居場所なのかな。
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