KiKi.

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黄昏色の中で、緋山くんは一人そこにいた。
何気なく覗いた美術室に彼は一人で、その空間そのものが作品のように見える。それくらいに緋山くんは、ここにいるのが必然であるようで、あたしがそれを見たのは偶然に感じた。

緋山くんは、大きなキャンバスに向かっていて、そこには鉛筆で描かれたデッサンがある。彼の世界の一部であるそれは、鳥が無数に羽ばたいているデッサン。どこに向かっているのか、その先にあるものは、それは彼しか知らない物語。物語の一部を目に見えるものにして、彼は世間に語ってみせるのだ。
緋山くんは穏やかな表情で、キャンバスに鉛筆を走らせている。どこか愛おしそうに、何かを探すように、いつも見る彼とは違った印象を持った彼がそこにいる。でも、やっぱり緋山くんで、彼以外の何者でもない。少し不思議だ。

鉛筆に加わる力加減で、黒線の濃淡が変わる。淡く、濃く、伸びていく。キャンバスが大きいものだから、そのたびに立ったり座ったり忙しそうだ。なのに、目はキラキラと輝いていて、描くことが楽しいというのが伝わってくる。

そんな緋山の姿と、桜ちゃんが重なった。桜ちゃんは、胡散臭さが服を着て歩いているような人間。発言も適当だし、行動も突発的だし、大人らしさなんて微塵もない。はっきり言って、あたしの方が大人なんじゃないかなって思う時がある。
それでも、結局は桜ちゃんの方が大人なんだよね。つくづく、そう思うよ。だってさ、仕事に対しての熱が違うもんね。自分が描いたものが世に出る。それは、自分の絵のおかげじゃなくて、自分の絵を使って評価してくれるから。桜ちゃんはそう言って、仕事をもらうたびに「ありがたいね〜」と手を動かしている。
その口ぶりからはありがたみは伝わらないけど、実際はめちゃくちゃ有難がってるんだ。

猫背になって机に向かう桜ちゃん。頑張ろうという気持ちの所為なのか、前のめりになって猫背になっている。そんな桜ちゃんの姿と、目の前の作品に夢中になっている緋山くんの姿があたしの中で重なって見えた。
似ても似つかない二人なのにね。というか、二人みたいな人間は世界に二人といない。なのに似ているとか、矛盾もいいところだ。



気が付いたら、緋山くんがあたしのことを見つめていた。じっと見つめていたつもりなのに気がつかなかった。

「えっと…」

どうしてここにいるのかと聞かれて、上手く答える自身がない。何気なく寄ってみただけなのだから。それって、どこか意味深なんじゃないかな。
蓋を開けたら、スッカラカンの理由なのに。適当に自問自答を繰り返すあたしの脳内なんか知らんぷりの緋山くんは、どうぞとでも言うように、場所を空けてくれた。これは、見てもいいということだろうか。
行動の真意がわからないから、おそるおそると彼の後ろに立つ。そうすれば、緋山くんはまた何もなかったかのように描き始めた。つまり、これで当たりなのかな。





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