kurobasu

□赤司くんといっしょ!
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この歳で家出なんてするものじゃない。 行く場所は決まっているが、そこは少し遠い。 いくらお金があろうと、体力があろうと無理 だ。 なんたってまだひとりじゃなにもすることの出 来ないただの子供なのだから。 そんなことを考えていると、目的地のマンショ ンに着く。 だが、からだが重くなり、視界がだんだんと暗 くなっていった。

『ー…じゅろ、征十郎、』

母さん? 母さん、もう僕、息苦しいよ。 父さんは母さんがここからいなくなったら再婚 して、僕なんていらないみたい。 知ってるよ、父さんは僕のこと嫌いなんだ。 僕なんていらないこだから。










「征十郎くん。大丈夫ですか?」

やさしい声が聞こえる。 頭を撫でる手もすごくやさしくて、落ち着く。 母さんにみたいだ。

「ー…テツナ、さん」

意識が戻るとそこは見たことのある部屋だっ た。ふかふかのベッドの横には、遠い親戚の黒 子テツナさんがいた。 親戚の親戚の親戚…というぐらい遠い。 今は保育士で、大人気の小説家だが、昔は高校 生でよく僕と遊んでくれていた。 いつも僕の心の支えだった。

「いいか、征十郎。お前は周りとは違う。もう 一人前なのだからひとに頼るな。ひとを簡単に 信用してはいけない。例え肉親でもな。」

「ー…はい、父上」

そういわれて育った僕は周りの人間と関わるこ とはなかった。 すこし、いや、かなり大人びていたし。 父さんの言うことは絶対だし、なによりも父さ んが言うことはすべて正しかった。 だから僕は父さんに反抗はしなかったし、僕も それが正しいと思っていた。 でも、なんでか涙が止まらないときがあった。 母さんには見られたくなくていつもこっそりと ひとりで泣いていた。 そんなとき、それに気づいてくれたのがテツナ さんだった。 周りから浮いている僕を慰めてくれて「征華さ んの前で泣けないのなら私の前でくらい、泣い てください。私は君がなにもいってくれないの が悲しいです。」といってくれた。 征華さんというのは僕の母さんのことだ。 遠い親戚だけれど、母さんとはすごく仲が良 かったらしい。歳は離れているけれどすごく仲 良さげに話していた。

「征十郎くん、どうしたんですか」

気がつけば頬を濡らしていた涙をテツナさんが ハンカチでふいてくれた。

「て、つなさ、ん、ぼく、」

話始めるとテツナさんは相槌をうちつつ、聞い てくれた。 父さんと喧嘩をしたこと。 父さんが再婚したこと。 父さんが僕を必要としていないこと。 話終わるとテツナさんはやさしく微笑んで僕の 頭を再び撫でた。

「征十郎くん。君は本当にやさしいこですね。 」

「ぼくがやさしい?」

やさしいなんてあり得ない。 やさしいというのはテツナさんみたいなひとの ことを言うだろう。

「はい。やさしいです。征華さんのこと、お父 さんに忘れてほしくないから再婚してほしくな かったんでしょう?それにこれ以上喧嘩をした くないから家を出てきたんですよね。征十郎く ん。君のお父さんは君を必要としています。こ の間赤司家の本家に行ったとき、征十郎くんの ことばかりでした。征華さんに似てきたって。 すごく嬉しそうでしたよ?」

そう言うとテツナさんは僕をやさしく抱き締め た。

「征十郎くん。きみは征華さんの大切な大切な 一人だけの息子です。征華さんはもう君のそば にはいません。でもきっと君のことをいつまで も守っていてくれていると思います。お父さん に嫌なことを言われても、再婚者になにか言わ れても君には征華さんがついています。」

ふわりとテツナさんのにおいがする。 甘くて、でも鬱陶しくないにおい。 心地がよいテツナさんの腕のなかで僕は意識を 失った。


ぱ、と目を覚ますと香ばしい香りが鼻腔をくす ぐった。 そういえば家を出てからなにも食べてこなかっ たな、と思うとぐぅーとお腹がなった。

「あ、征十郎くん。起きましたか」

エプロン姿のテツナさんはそう言って僕に近づ くと少し待っていてください、と言った。

「ー…ゆどうふ?」

「はい。征華さんが大好きだったので征十郎く んも好きかな、と思って。」

「母さんが、だいすきだった…」

湯豆腐を見て、箸をもつ。 一口くちにいれるとすこしだけ、あたたかかっ た。

「ふふ、ほんとに征十郎くんは泣き虫さんです ね。こんなに泣いたら明日はパンダさんになっ ちゃいますよ」

溢れる涙を止めることなんてできなかった。大 好きな母が好きだった、大好きな人が作ってく れた湯豆腐。 たかが小学生が何を生意気なことをいっている んだ、といわれるかもしれない。でもぼくはす ごくうれしくて、温かい気持ちになった。

「テツナさんはすごいね」

「?なにがですか?」

「母さんでさえなかせることができないぼくを こんなにかんたんになかすなんて。」

そう言うとテツナさんはキョトンとして笑っ た。

「君が泣く理由はお父さんか征華さんじゃない ですか。」

「そういうことじゃなくて、ぼくがなくのはい つもテツナさんの前だけだっていうことだよ」

「でも泣く理由は二人のことでしょう?」

そう言ってゆで卵を持ってくるとテツナさんは また微笑んだ。

「誰かのために涙を流す君は、本当にやさしい こです。だけどだれかにそれを拒否されること があるかもしれません。そのときはいつでも私 のところに来てください。」

「ー…うん、わかった。」

そう言うとテツナさんはいつでも待ってますよ と笑った。

「テツナさんはあいかわらずゆでたまごしかつ くれないの?」

「まぁ失礼な。他のものも作れますよ!でも一 番自信があるものを…ね?」

「ふ、ほかのものもつくれる、ね。まぁそうい うことにしとくよ。でもよくゆどうふつくれた ね」

「ゆでるのは得意なんです」

得意気に笑うテツナさんはほんとにもうすぐ2 0代の女の人なのかというほど幼い。

色々と話しているうちにピンポンとチャイムが なった。

「来ましたね。じゃあ征十郎くん、また。」

「あぁ、ありがとう。テツナさん。」

そう言うとテツナさんはまたやさしく微笑ん だ。












やさしい君が僕にくれるもの
(それは涙と心と親愛。)








おまけ



色々な話の内容。

「テツナさんはかれしとかいるの?」

「え?かれし、ですか?うーん…いませんけ ど…」

「そっかじゃあさ」

テツナさんの腕を引っ張る。

「テツナさんの一番をぼくにちょうだい?」

「一番とは?」

首をかしげるテツナさんにもっと近づいてと言 うとテツナさんはこちらに近寄った。

「一番っていうのはね」

ぐいっと顔をよせて

「こういうことだよ」

とキスをした。

「征十郎くん、君は甘えたさんですね」

「ぼくはテツナさんのにぶさをうたがうよ」

「はい?」

「まぁいいや。ぼくがテツナさんに追い付くよ うにがんばるから」

「?」

「むかえにくるから、ぜったいけっこんしない でね?」

「はあ…」

おわり
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