新選組色恋録

□陽月の焔・壱(斎藤side)
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「…きゃっ!!ち、ちょっと!!…え!?お、沖田さん!?」

中庭で剣術の修練をしていた俺は、急に己の耳に飛び込んできた雑音に、思わず振るっていた刀を止めた。

普段ならこれくらいの雑音に気を削がれるなど、俺の中ではない事だ。
しかし、俺の耳に飛び込んできたのは、どんな集中力をも削いでしまう俺の中での"特別"な声だった。

俺が静かに視線を声の方向へ向けると、双眸に廊下で後ろから総司に羽交い締めにされている千鶴の姿が入ってきた。

その映像に刹那、心乱され無意識に唇の奥をギュッと噛んだが、直ぐに俺は我に返り、出来るだけ己の気配を消した。


千鶴は兎も角、総司は頗る気配に敏い。
俺が少しでも動いて気配を出せば、総司には直ぐに己の存在を気取られるだろう。


「千鶴ちゃん。何処行くの?」

「えっ!?…ええと…。」

総司の腕の中で少し困った様な顔をしている千鶴。
本当は直ぐにでもその腕から助け出してやりたいと思う気持ちが心の中に立ち込めているにも関わらず、俺は何故か動けなかった。



総司の醸し出す気に、隙が全く無かった。
否、寧ろ殺気さえ含有した気が、張り巡らされている気さえする。



…これは…もしや…。




「ねぇ千鶴ちゃん。僕、今日非番なんだ。だから一緒に遊ぼう?」

捕らえた彼女を更に後ろから強く抱き締めて言いながら、急に総司は視線を僅かに中庭の俺に向けてきた。



…やはりか。


総司は最初から俺の存在に気付いていた。
気付いていながら敢えてこの様な所行を俺に見せる。

俺は瞬時に視線を逸らしたが、よもやそれも今の状況では何の意味も成さないだろうと頭では解っていた。
しかしそれは、今の俺が冷静さを保つ為に出来る唯一の回避策であった事も否めない。

「何か大切な用事でもあったの?」

「…い、いえ別に…。」

正面から見るにはあまりに苦しくなるくらい総司と千鶴は仲睦まじ気で、俺の中で音もなく静かに滾る蒼い焔を感じた。

「そ、じゃあ何の問題も無いよね?僕の部屋に行こう?」

すると総司はわざとらしく俺に聞こえる様な声でそう言い放ち、千鶴の手首を掴んでグイグイと廊下を歩いて行く。

「ちょ、ちょっと!!沖田さん!?」

挑戦的な総司のその態度に俺の中の焔も風に煽られたが如く、渦を巻いて今にも総司を灰にしてしまうくらいの勢いだった。

俺は何とかその想いを己の中の窮屈な器に詰め込み隠し、睨むようにその背中が消えるまで見詰めていた。
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