新選組色恋録
□鬼の懐中時計(沖田総司編)
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「その懐中時計…お前に預けてやろう。語り伝えを信じてその力を使うのも使わぬのもお前次第だ。」
ではな。と風間さんは静かに吹いた風にその身を消した。
私は手中に残され鈍く輝く塊を見つめながらあの人の顔が頭を掠めた。
「沖田さんはどう思うのだろう…。」
独り言とも判らぬ言葉が口を突いてでたが、それも次に吹いた少し強めの風に掻き消されたのだった。
次の日、私は広間に向かうため廊下を歩いていた。
昨晩の事を近藤さんや土方さんに言うべきか言わざるべきか、思わず考え込んでしまう。
「はぁ…。」
自分でもビックリする程の溜め息が漏れたところで、背後から声がかかった。
「なぁに大きな溜め息ついちゃってるの?」
ニヤニヤと不敵な笑みで話しかけてくるその人は、沖田さんだった。
「あっいや、何でもないです。」
取り繕う私に沖田さんは更に詰め寄る。
「隠しても無駄だよ?」
そう言うと沖田さんは私の目の前に手を突き出した。
「昨日貰った物、出して?」
驚きのあまり声が出ない私に沖田さんは意地悪な笑みを浮かべる。
「昨日の見張り番、誰の組だと思ってるの?…僕の目は節穴じゃあないよ?見ちゃったんだよね僕。君と風間が庭先で逢い引きしてるの。」
「あ、逢い引きなんかしてません!!」
からかわれていると内心わかっていながらも何故か反応してしまう。
その反応が予想通りであったのか、彼は至極満足気だ。
「クククッ。そんな剥きにならないでよ。あんまり剥きになると冗談も冗談じゃなく聞こえるでしょ?…で、何を貰ったの?」
一通り笑い終わると沖田さんは急に真面目な顔になる。
「う〜ん…。貰った訳ではないんですけど…預かったって言うか…。」
そして私は昨夜の一連の出来事を沖田さんに話した。
「その話、近藤さんに話した方がいいよ。」
一通り話を聞いた沖田さんは腕組みをしながらそう提案してきた。
「何せ鬼が関わってる事だしね。その懐中時計の力だって本当に信じられるものかどうか…。」
まぁ本当だったら面白いけどね。と、沖田さんはまた笑顔になる。
その時。
「うっ…コホッコホッ!!ケホッ!!」
「沖田さん!!大丈夫ですか!?」
「…ん?…ああ…平気。ごめんね。」
沖田さんはそう申し訳なさそうな、何だか微妙な表情で言うけれど、私は何だか心配になる。
最近沖田さんは急に咳き込む事が多くなったのだ。
それが労咳である事も私は知っている…。
「僕、近藤さんに話してみていいかな?」
沖田さんは私達二人の間に流れた空気を変えるようにそう言った。
「えっ!?沖田さんが?」
私の事なのに沖田さんが話に行くのは変ではないかと、私も一応意見を述べたが、沖田さんは意見を曲げなかった。
「昨日の見張り番は一番組だよ?昨日の事件の報告は、一番組組長である僕の任務だよ。」
小さく笑った沖田さんは、そのまま私の手から懐中時計を取って去って行った。