新選組色恋録
□鬼の懐中時計(斎藤ー編)
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「その懐中時計…お前に預けてやろう。語り伝えを信じてその力を使うのも使わぬのもお前次第だ。」
ではな。と風間さんは静かに吹いた風にその身を消した。
私は手中に残され鈍く輝く塊を見つめながらあの人の顔が頭を掠めた。
「斉藤さんはどう思うのだろう…。」
独り言とも判らぬ言葉が口を突いてでたが、それも次に吹いた少し強めの風に掻き消されたのだった。
次の日の早朝、私は広間に行くとある人を見つけた。
斎藤さんだ。
彼ならきっとここにいると思った。
そんな私の気配に気付いたのか、斎藤さんは精神統一の為に座禅を組んで目を閉じたままの姿勢でこちらに話かけてきた。
「…千鶴か?」
名乗らずとも当ててしまうのも斉藤さんらしい。
「はい。精神統一中にすいません。」
「別に構わない。何か俺に話したい事でもあるのか?」
「はい。あの、鬼の…風間の事で少し。」
そう言うと斎藤さんは静かに目を開け、私の方に体の向きを変える。
それは彼の『その話、聞こう。』という無言の合図でもある。
そして私は昨夜の一連の話を斎藤さんにし終わると、斎藤さんは漸く口を開いた。
「その話、局長と副長には?」
「いえ、まだ…。」
「それなら話した方がいい。ついて来い。」
そう言って立ち上がって踵を返す斎藤さんの後に私もついていく。
「局長、少しよろしいですか?」
近藤さんの部屋の前で立ち止まると、斎藤さんは部屋の主に問いかける。部屋の主から入室の許可が下りると斎藤さんは襖を開けた。
「おお、斎藤じゃねぇか。どうした?」
近藤さんの代わりにそう端を発したのは土方さんだった。
「副長もこちらでしたか。」
斎藤さんは土方さんを一瞥すると、私を中へと促した。
「千鶴が話があると。」
そして私は二人にも全てを話すと、二人は思案顔で懐中時計を眺めた。
そして口火を切ったのは土方さんだった。
「こいつで本当に未来に行けるんだとしたら…。」
近藤さんも斎藤さんも、そして私も土方さんに一斉に視線を向けた。
「こんな機会はそうそうある事じゃねぇ。今後の新選組に利になる事が掴めるかもしれねぇ。」
「偵察を出す…と?」
斎藤さんは土方さんの意向が何処にあるのかを明らかにしようと補う様に言葉を吐いた。
それに対し土方さんは頷く。
「その方がいいだろう。」
そう言って最後の決定権を委ねる様に土方さんの瞳は近藤さんに向いた。
「トシがそう思うなら、その方がいいんだろうな。有益な情報なら、我々も欲しいところだしな。」
「じゃあ決まりだな。斎藤、行ってくれるか?」
「御意。」
えっ?斎藤さんが?
あまりの早い展開についていけれてない自分がいたが、斎藤さんは偵察の意見が土方さんの口から発された瞬間からまるで自分が指名される事がわかっていたかの様に易々と受諾してしまった。
「頼むぞ斎藤。お前には、こいつも付けてやる。まぁ戦闘には向かねぇが、お前の身の回りの世話くらいは事欠かねぇだろう。」
それには流石の斎藤さんも予測外だったのか、少し目を丸くして私に視線を落としたが、すぐにまた平然と近藤さん、土方さんに向き直った。
「…お気遣い感謝します。」
斯くして斎藤さんと私は次の満月の夜を待って、未来に赴く事となった。