新選組色恋録
□鬼灯祭の夜
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千鶴ちゃんが僕の腕の中に堕ちる訳がないとみんなが思う理由…そんなのはごく簡単な事。
「お疲れ様です!!土方さん。」
「ああ、すまねぇな。千鶴。」
茹だるような暑さの中、副長直々の剣術の稽古に平隊士達は荒い息をしながら地に倒れ込んでいる。
そんな激しい稽古が終わったのを見計らって千鶴ちゃんが汗だくの土方さんの元に濡れ手拭いを持って駆け寄った。
彼女は副長である土方さんの小姓。
それは土方さんと一くんと僕、三人であの夜彼女を拾った日から変わらない。
しかも千鶴ちゃんを誰かの小姓にとの話が出た時、言い出しっぺが責任を持つべきだと嫌がらせのつもりで何気無く土方さんに彼女を押し付けたのは紛れもない僕だ。
だけど今、僕はその事を少しだけ後悔している。
「なぁ、やっぱり土方さんてなんだかんだ千鶴には優しいよな。」
「まぁ、千鶴ちゃんは女の子だからなぁ。鬼の副長と言えど女の子には甘いんじゃねぇか?」
「そうかぁ?俺が見るからにあれは気があるな。千鶴は小姓だから土方さんの面倒を見てるっていうより好きだからあそこまで甲斐甲斐しく面倒見てんだろ?土方さんも土方さんで満更でも無さそうだし、ありゃあくっつくのも時間の問題だな。」
僕が遠目に二人の様子を見ていると、横から平助、新八さん、左之さんの話す声が耳に入って来た。
―ほら、やっぱりみんなそう思ってるんだ。―
まさか土方さんへの嫌がらせの為に押し付けた小姓に自分が心奪われるなんて思ってもみなかった。
こんな事になるなら土方さんの小姓になど推すんじゃなかったと今更ながらに思う。
そんな仲睦まじい土方さんと千鶴ちゃんだから、一くんも驚いて〃馬鹿な!!〃と口にしたのだと思う。
「千鶴ちゃん。僕にも濡れ手拭いね?」
どうにかあの二人を引き離したい。
今、僕が願う事はそれだけ。
僕は然程、汗もかいていなかったが、千鶴ちゃんに濡れ手拭いをお願いした。
「あっ、はい!!すぐに持って行きますね!!」
素直な千鶴ちゃんはすぐに僕の要求に応じて、少し離れた場所に汲み置きしておいたと見える桶のところまでチョコチョコと走って行くと、濡らした手拭いを持って僕のところまで届けてくれる。
「はいどうぞ。」
千鶴ちゃんは絞った濡れ手拭いを開いてキチンと畳むと僕に手渡そうとした。
「ありがとう。」
僕はそう答えたまま、手を出さない。
「あ…の…沖田…さん?」
千鶴ちゃんを下から見詰めたまま差し出された濡れ手拭いを受け取ろうとしない僕に、千鶴ちゃんは困った顔をしている。
―その困った顔、大好きだなぁ。もっと困らせたくなる。―
僕はニッコリ笑うと千鶴ちゃんに言った。
「千鶴ちゃん、拭いてくれる?」
「ええっ!?」
案の定、跳び跳ねるくらい驚いた千鶴ちゃんの顔を見て僕は満足だ。
しかし。
「総司、いい加減にしろ。」
少し離れた位置で首筋を拭いながら土方さんが横槍を入れて来た。