番外編

□不敗の海賊
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Only of here secret story
剣技大会





※未読注意



-臨時特急-








パステルブルーの空。

聞こえてくる歓声。

伝導してきた熱気。

初めて着た戦い用の服は、どこか余所余所しい。

それに、重かった。

ずっと肩を誰かに押されているような感じで、これじゃ逆に戦いにくいのに。

手に持っているずっしりとした剣は、知らんぷりを決め込んでいるかのように黙したまま。

あたりまえって言われれば言い返せないけど、感覚がそうだから仕方ない。

「レイラ、準備は出来てるのか?」

「あ、うん。ちょっと緊張しちゃって」

いつまでもスタジアムに来ない私を心配したのだろう、アルが走ってきた。

アルも戦い用の服に身を包んでいるけれど、身のこなしは平服の時と同じだった。

アルの右手に収まっているカットラスは、日の光をキラリと反射する剣身に呼応するかのように、柄頭の頭に埋められたエメラルドが表情を変える。

左手には木の葉形のバックラーを持っていて、何も知らない人から見たら騎士に見えるだろうなと思った。

「スタジアム、行くぞ。そろそろ開会式がはじまる」

アルに手を引かれ、スタジアムの前まで来ると、大きなシトロン・ミスト色のスタジアムは、熱気で満ちていて、もう始まっている事を告げていた。

「中入るか。もう始まってるみたいだし」

急いで入ると、沢山の人がごった返していた。

あたりを見回すと、大男や華奢な女の子まで、沢山の人がいる中、ミラ達を見つけた。

「アル、あそこにみんないるよ」

「よし、そっち行くか」

ミラ達のところまで行くのには結構骨が折れた。

私達に気付いて道を開けてくれる人はいない。

アルはジグザグに避けながらのろのろと進むのは焦ったかったらしく、舌打ちをしていた。

ようやく辿り着いた時、ミラは面白そうにアルを見ていた。

「やあ、王女さんも出場するんだね」

サーベルを上げてニヤついたミラは、左手に菱盾を、右手にはサーベルを持っていた。

ブン、と振り上げたサーベルの音に周囲の人が何事かと振り返る。

アルも顰めっ面でミラを見返した。

「こういう格好は滅多にできないでしょ?私、1回は着てみたかったんだ」

「そうですか。なら試着だけさせて貰えば良かったのに」

「折角着たんだから出てみようかなって」

ミラはため息をすると、わざと私にも聞こえるような声でアルに耳打ちした。

「愛しい王女さんが痛い思いをしても、アル、お前そいつの事恨むなよ?」

「…確かに、それは危ないな」

アルはそう言うと、「うーん」と唸りはじめた。

「ミラ、あまり変なこと言わないでよ。出られなくなっちゃう」

「んー、まあそれならそれで。そもそも王女さんは戦いに向いてないよ」

空を仰ぎながら言うミラにつられて上を向く。

スタジアムに縁取られているかのように見えるパステルブルーの空は、ペンダントの様だった。

「おし、決めた」

空を眺めていると、横でアルが言った。

「レイラの出場は取り消しってことにする。レイラ、行くぞ」

「え、そんな。出たかったのに」

「レイラ、あのな。これは戦いなんだ。打撲なんかじゃ済まないんだぞ」

大男に槍を振り回されて出血多量は嫌だろ、と言うと腕を掴んで歩き始めてしまった。

「王女さん、ご愁傷様。俺が代わりに優勝するから勇姿を見ててくださいね!」

ミラまで手を振って送ろうとする。

確かに大男に槍を振り回されるのは嫌だけど。

血が出るのも嫌だし、痛いのは御免って感じだけど。

でも、少しくらいは私も剣を振ってみたかった、なんて。

「アル、受付に行くの?」

「ああ。そこなら取り消しもやってるだろうからな」

アルの握る力が強くなった。

そんなに握らなくても逃げないのに。

観客席の方を見ると、誰でも見えるようにと観客席で司会者が話しているのが見えた。

まだ開会式は終わっていなくて、事務仕事をこなしていそうな女性が大きな声を出している。

その話の内容によると、この剣技大会の優勝者は賞金が貰えるそうだ。

そういえば、結構大きな額だったとジョブが嬉しそうに話していたのを覚えている。

闘技場から離れたスタジアムの入り口付近は、人が少なかった。

さっきの混雑が嘘みたいに誰もいない箇所もある。

目指していた受付には、若い男の人と女の人がいた。

若い男の人は、黒髪を短く切ってあって、柔和そうな顔立ちの中に逞しさが見え隠れしている。

女の人はというと、ポニーテールで毛先が肩を少し隠すくらいの長さのマネ色の髪をしていて、真面目そうな顔にどこかあどけなさを感じさせた。

所謂、童顔というやつだ。

「出場の取り消しをしたいんだが」

アルがそう言うと、女の人が怪訝そうに首を傾げて「貴方が?」と問いかけた。

「俺じゃなくて、コッチ。今からでも間に合いますか」

「ああ、貴女ですね。差し支えないでしょう。その紙に氏名と受付番号、お願いします」

女の人が指した先にある紙には、たくさんの名前が書いてあった。

「これ、全部取り消しの人ですか?」

男の人は和かに笑うと、ポリポリと頭を掻いた。

「そうですよ。さっきの説明で増えちゃいましてね」

「さっきの説明?なにかあったんですか?」

「あれ、それを聞いて取り消ししようと思ったんじゃなかったんですか。えっとですね、怪我しても金は出さないというのと怪我させること自体をあまり禁止しなかったんです」

禁止すると技が落ちる人もいて個人差がでちゃいますから、と男の人は言った。

「でもそれって危ないんじゃ」

「そうですね。その説明を聞いて取り消しをする人が多くて。本気で殺そうとする人はいないんでしょうけど、やっぱり怖いんでしょうね」

目を伏せる男の人は、少し残念がっているように見えた。

「折角の剣技大会なのに、出場者が例年より少なくって、調整に困ってるんです」

「それは、大変ですね」

「はい。もう参っちゃいまして」

「あんたは何もしてないでしょう。口だけじゃなくて手も動かして貰える?」

女の人がせかせかと手を動かしている間、男の人は話しているだけだった。

「ああ、うん。ごめんね」

男の人はヘラヘラ謝ると、女の人の頭を撫でた。

「あんまりカリカリしないで。ストレス溜まって胃潰瘍になっちゃうよ?」

「そうさせるのはあんたでしょうが」

女の人は手を振り払うと、また黙々と作業をはじめた。

その様子を見て男の人は肩を竦めると、

「ごめんね、引き止めちゃって。貴方は出るんでしょう?頑張ってくださいね」

と、アルに手を降った。

気がつけば周りにはさっきよりも人が沢山いた。

「そろそろ順番と相手の発表があるみたいだな」

アルは周りを見回して、誰かを見つけた様だった。

「おおい、ミゲラ、シグ!」

ミゲラとシグも出場していたのは知らなかった。

2人はアルに気がつくと、急いでこっちに来た。

「すみません俺気づけなくってッ」

「すみませんこいつが煩くって」

そう言うと、2人とも頭を下げた。

ミゲラは「漢」という言葉を具現化したような格好で、ヴィーキング・ソードという剣身の太い剣を持っていた。

シグは、それと対照的にあまり威勢を感じることができなかったが、手にしている剣はグラディウスで、その不釣り合いな感じが面白かった。

「シグがグラディウスって面白い組み合わせ」

「それ、よく言われるんです」

「こいつはただグリップが形状加工してあって握りやすいから使ってるんですよ」

「あ、そうなんだ」

「お前らも出るのか?」

「見ての通り。ミゲラが勝手に受付を済ませちゃったんですよ」

シグは「はああ」と盛大なため息をついた。

「あの、王女様も出場なさるんですか?」

ミゲラはシグの非難の視線を受け流すと、おずおずと質問した。

「私は今取り消してきたんです」

「そうなんですか。危ないですもんね」

ミゲラは朗らかに笑うと、シグが受付に向かって歩き始めた。

「てオイ!シグまさか取り消しすんじゃねえよな!?」

中で開会式に出ている人たちにも聞こえてしまいそうなほどの声で、ミゲラはシグを引き止める。

少しの間、残響が聞こえていた。

「いい案だと思ったんだけど」

シグは驚くこともなくクルッと向きを変えてミゲラを見ると肩を竦めた。

「それでも漢かよ!漢は潔く優勝すんだろ!」

「いや、そんなこと言ったら優勝出来なかった漢は全員オカマじゃん」

「ゴタゴタうるせぁ!いーからシグは出んだよ、わかったか!?」

「…あーハイハイ。出りゃいいんでしょ。どうせオカマだろうけど」

シグが諦めて戻ってくると、ミゲラは満足したように勝ち誇った笑みを見せた。

「うわっムカつく」

シグは顔を顰めると、私に向かって深くお辞儀した。

「すみませんなんかもー騒がしくしちゃって」

「いいの、賑やかな方が楽しいしね」

「おおおおお!出たぞおおおお!」

シグが口を開くのと同時にミゲラが叫んだ。

何事かとミゲラの視線の先を見やると、たくさんの人だかりが出来ていた。

「相手誰だオラぶっ殺すぞコノヤロ」

「ミゲラ出場取り消してきなよ。死人が出る」

「ほんの少し意気込んだだけだじゃねーか、殺す訳ないだろ」

人だかりができていて、なかなかトーナメント表を見ることはできないけど、時間が経てば人も引くだろう。

ミゲラは既に突っ込んで行ってしまったけど。

「おおいシグ!やべえよ!」

「なんだよー」

ミゲラは手だけでシグのことを呼んでいて、シグは苦笑しながらそっちへ走って行った。

「仲良いね、2人」

「幼馴染だって聞いたぞ」

アルは私の頭に手を置くと、キョロキョロと辺りを見回した。

「ミラはどこいった?他の奴も出てるよな?」

「うん。他にはアギーとジョブとラザレスが出るはず」

他の人達は観戦するって意気込んでいた気がする。

女の子からはアギーだけだ。

アルが言っていたような大男と対戦して怪我をしないといいけれど。

「おう、いたいた!」

アルは「おーい」とみんなを呼ぶと、私の頭の上に置いていた手を降ろして私の手を握った。

もう片方の手を上げると、それに気がついたアギーがこっちを指差して走ってきた。

「キラ、出場取り消したんだって?」

アギーはハンガーと逆三角盾を手にしていて、走ってくるなり不服そうに言った。

「危ねえからな。怪我しちまったら大変だろ?」

アルは、なあ?と言う様に私を見た。

「でもさーキラのその格好、見るからにやる気満々じゃん。キラ、いいの?」

不審そうな目は、さっきまでの私の心を見透かしているように感じた。

さっきまでは確かに、出たかったしやる気だってあった。

それでも今は、と思う。

たくさんの人がトーナメント表を見ようと押し寄せているのを片目に見る。

小さな女の子もいるかと思えば、大男や棍棒を持った人もいるのだ。

ここで怪我をするより、城で誰かに相手をしてもらえばいい。

怪我をしないように、遊び半分でいい。

「怖そうな人たちもいるし、これで良かったのかも。それに、やりたければ中庭で誰かに相手してもらうから」

「そっか。んじゃ、私のこと応援してね!」

アギーはあっさり話を終わらせると、後から来たジョブとラザレスとミラとトーナメント表を見に行った。

ジョブはクファンジャルだけで、ラザレスは普通よりも長い分銅鎖を持っていた。

さっきよりは人も引いていて、見終わった人達は興奮したように語り合っている。

しかし、アルは依然としてここにいた。

「アルは見に行かないの?」

「そうだな、見るか」

アルは盛り上がっている人集りを眺めながら言う。

どこか、うわの空だった。

「どうかしたの?」

「あ、いや…。受付の人、どっかで見たことあるなって思ったんだが」

受付を見ると、男の人と女の人はまた何か言い合っていた。

改めて男女を見て思い出そうとしたけど、私には見覚えがなかった。

アルはしばらく唸っていたけれど、諦めたように頭を小突くと、トーナメント表の方へと歩き出す。

「今は思い出せないが、そのうち思い出すだろ。それでもわかんなきゃ直接聞けばいいしな」

「そっか。アルはいろんな国行ってるからそこでたまたま会ったのかもね」

受付では、男の人が紙の束で頭を叩かれていた。

なんとなく、ミゲラとシグに似ている気がする。

視線を戻すと、アルはトーナメント表の前で唸っていた。

トーナメント表は、ABCDの4ブロックに分かれ、総勢256組でシードはどこにもなかった。

「俺はAブロックだ。BはアギーとラザレスでCはミラとミゲラ、Dはジョブとシグだ。見事に分かれたな」

名前をなかなか見つけられなかったのに気付いて、アルは口早に教えてくれた。

結局トーナメント表で知っている人の名前を見つけることは出来なかったけれど、この文字の羅列から見つけられる気はしていなかったので、アルの速さには驚いた。

「レイラ、着替えるか?重いだろ」

アルは振り返るとそう尋ねた。

「うん、そうしようかな。重くて歩くの大変だし」

「そうか。じゃあ、あっちに更衣室あるから着替えてこい」

アルの指差した先には「着替えはコチラ」という看板を持っている人がいた。

「この中で着替えて下さいね」

看板を持っている女の人は愛想良く言う。

案内されたところには、たくさんの服がハンガーにかけられていて、自由に選べるようになっていた。

私が選んだのは薄いナイルブルーのフォーマルワンピース。

重い物を持った後に軽く感じるのは力の配分のコントロールするゴルジ腱器官が関係していて、今は現にその状態だった。

重い物を持つとこの重さに対応しようと身体が準備し、準備したところに負荷が無くなれば軽く感じる。

なんだか得した気分だ。

「楽そうだな。んじゃ、行くぞ」

アルは私がジャンプしているところを見たのだろう、可笑しそうに笑うと手を引いて観客席を目指した。
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