番外編

□オートマトン
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*\フォレスト『前進』ホームページ5周年記念/*





センモク王国の一番下の弟君は一番物静かで、それでいて一番存在感があった。

だから彼、モロハ様のいなくなったこの家は、どうも物寂しく欠けている。

王様の横暴な命令により、離れ離れになってしまったモロハ様の御兄弟様たちも、あの日からどこか元気がないように窺えた。

「ミーシェル! あんた、何をしでかしたの?」

「…………へ?」

あの日と同じ快晴。

最後に見たモロハ様の後姿を探して中庭に来ていた私、ミーシェル・ラディコットは、メイド長のハバナ・シートキアに悲鳴にも近い叫び声で呼び止められた。

ふくよかな体肢の彼女は目にちらちらと不思議な色を浮かべている。

「ミーシェル、あなたを連れて来てほしいと言われたわ」

「えっと……誰に?」

「ローリェン様よ」

「………………はえ?」

ローリェン様。

私みたいな下っ端メイドが? あり得ない。

この城にはたくさんのメイドがいるし、私もその中のうちの一人で、名前を覚えられていることにすら疑問を抱く。

メイド長の動揺っぷりになるわけだ。

……私は一体、何をしでかしてしまったのだろう。

「とにかく、行ってきなさい。自室でお待ちになっているわ」

「部屋に!?」

私みたいのを招き入れていい場所ではない。

私みたいのを悠長に待っていられるほどお暇な方ではない。

謎が疑問を呼び、混乱した頭が何も描けなくなって、とりあえずミーシェルは急いだ。

理由はどうあれ、呼ばれたのだから行かなければならない。

たとえそこに何が待っていようとも「逃げる」選択肢は存在しないのだ。

ローリェン様の自室は最上階にある。

階段を登り切り上がった呼吸を整えてミーシェルは深呼吸をする。

――大丈夫、何もしてないはず。

ローリェン様は理由もなしに行動する人ではなかったはずだ。

何もかもが予測でしかなくて、心細さと不安と恐怖にかき乱されて涙目になった頃、扉が勝手に開いた。

「あ、来てたんだね。ノックしてくれればよかったのに……って、大丈夫?」

灰色の、モロハ様とよく似た優しい髪。

同じ緑色の目。

涙ボクロが優しく尋ねる。

「っロー、リェン様」

「うん?」

ゆるりと微笑む彼は、やっぱり一番モロハ様と似ていた。

「とりあえず、部屋に入って。大事な話があるんだ」

「……大事な」

招き入れられた部屋は広くて豪奢で、どこか色褪せていた。

大きくて、五人は横になれそうなベッドに腰を痛めそうなほど柔らかく沈むソファ。

窓から見える外の眺めも壮観で、何より部屋を照らす明かりがキラキラと眩しい。

「座って」

ローリェン様はミーシェルをソファへと促した。

メイドが、王子様の部屋で、座る?

ハバナが聞いたら卒倒しても可笑しくない。

いくらなんでも、さすがに座るわけにはいかないでしょう。

ローリェン様にそろそろと視線を合わせたら、案外強い瞳でそれを制されてしまった。

――座らない訳にはいかないみたいだった。

……どうか皆さま、この無礼には目を瞑ってください。

祈る気持ちでミーシェルはやっぱり深すぎるソファへと腰を下ろす。

「早速だが」

ローリェン様は私が座るのと同時に話を切り出す。

「君は、ミーシェルだね?」

「っはい」

「リーシャンとは、仲が良かったんだね?」

「……はい」

リーシャン。

モロハ様と一緒に行ってしまった、私の友達。

オレンジ色の明るい髪に元気をもらっていた、たった数日前の記憶が懐かしい。

ローリェン様は満足そうに頷いた。

「君を見込んで頼みがある」

「みこ……」

見込まれるほど私は。

言いかけて口を噤む。

彼の瞳は真剣だった。

「モロハたちを、追ってほしい」

強制的に旅へ出された弟君。

唯一のお供として着いて行った友達。

目の前の人はどこまでも真剣で、誰よりも悲しみを湛えていた。

「私、なんかで……」

「自分は自由に身動きがとれない。どんなに望んでも、叶えられない願いがある」

目の前にいる人が、一瞬モロハ様に見えた。

「どうか、お願いできないだろうか?」

そう言ったローリェン様は、ポケットからコロクルを取り出して片方をミーシェルに渡す。

エメラルドグリーンの綺麗なコロクルだった。

「これで、私と連絡を取ってくれ。身の危険を感じたら逃げて構わないし、お金だってたくさん渡す。君に不自由はさせないし、モロハ達さえ追ってくれれば他は何をしようが自由だ。だから」

鬼気迫るものがある彼の握られた拳。

――私は、この人のために。

弟を乞い願う鎖の隙間から、コロクルを受け取った私は。

「わかり、ました」

確かな意思を手の内に見て、彼の瞳に微笑みを返した。

モロハ様とリーシャンがいなくなった、あの日から数日。

二人は今どこにいるのか分からない。

どこへ向かっているのかも分からない。

この先が危険かどうかも、過酷かどうかも、何も掴めない、一人ぼっちの私の旅。

ローリェン様をの望みを抱え、ミーシェルは立ち上がった。

「私に、お任せください」

――貴方の希望を。

私の手の内に。

ローリェン様の広がる笑みは美しく、無垢で無知だった。





→本編に続く
 

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