銀色王子と奴隷の少女

□銀色王子と奴隷の少女
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     ◇◇◇

「コルゴの成長は人並みです。心苦しいかとは思われますが、生まれたばかりの今が一番身体に馴染み、成功しやすい」
「私らの心情なんて別にかまわん。それよりも、失敗は許さない。ヘマをしてみろ、命の保証はないぞ」
煌々と照らされた部屋の中、金属のぶつかり合う耳障りな音と衣擦れが、鼓膜を刺激する。
老医師の額から滲む汗、冷めた目付きでガラス越しに手術台を眺める男女の涼しげな顔。
全員に共通するのは、鉛を飲み込んで腹にずっしりとした重みを抱えた、近寄りがたいオーラと、同種の鉛臭い息を醸し出す、冷たくて重たい息。そんなのを全部見透かしそうな、異様なくらい真っ白の空間。
手術室の中の中央の手術台と、その脇にある銀の塊が入っている入れ物、早すぎる役目を終えた白い塊を入れる入れ物。無意識に恐怖を感じてしまう、手術中の赤いランプが灯っている真下には重そうな銀色の長い取手がついたドア。窓一つない手術室を覗くことができるのはただ一つ、男女が覗いているガラスの壁からだけ。
胸辺りから上がガラスの壁で、下は銀色の手すりと少し濁っている、ごつごつした白い壁。ガラスの壁が大きかったため、男女の後ろからでも中を覗くことはできた。
 煌びやかな装飾が目につく黒髪の男女をガラス一枚で隔てている手術室の中には、薄緑色の手術衣を纏った白髪の老医師が、神経を尖らせて手術台の上のモノをいじっていた。
 好奇心を灯す男女とは違い、老医師の真剣な瞳は、寸分の狂いも許すまいといわんばかりの、宝石のような輝きを帯びている。
 三人が一様に見つめる先は、白い塊の役目を奪っていく銀色の塊。人を人でなくする、忌わしい銀色の塊。
 生き物を道具と認知するのが悪いとは断言できないとしても、道具で好き勝手に遊ぶのは、道具が耐えられない場合が多い。教養絵本にもその題材がある通り、少なくとも道具の心情を考えたことがある人はいるようだ。しかし、自分がその道具だと考えたことのある人は少ないのではないだろうか。
 男女にとって、手術台の上のそれは明らかに道具であり、同時に、老医師のことも道具だと無意識のうちに思っているのだった。
 道具が思うように動かない時は、イライラして神経が尖る。八つ当たり。気にすればする程大きくなっていく時を刻む貧乏ゆすりの音は、確かに時が過ぎ去っていることを告げているようだった。
 それ程、老医師の動きは遅かった。でも、それも仕方がない。何せ、失敗は許されないのだから。
 なんの障壁もない場所を作った筈だったのに、貧乏ゆすりの音は老医師にとって、大きな誤算だっただろう。
 追い詰められた兎のように。
 いや、火事場の馬鹿力だったのかもしれない。
 自分はまだ、老医師の考えていることも男女の考えていることもよくわからなかった。老医師の顔はどうして歪んでいるのか、なんで男女は玩具を見るような目で赤ちゃんを見ているのか。
 それはもう何年も前の、明瞭に錆びつた子供の頃の思い出。パンドラの箱を思わせる、誰にも話してはいけないと幼心でも悟れるくらいに恐ろしい、心の奥底に封印した忌わしい記憶。
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