グリザイユ

□グリザイユ
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第一章  ヒツジの絵を描いて




          1

両親の背を見てきた。

僕もああなりたいと願った。

だから、僕は学ぶことが苦ではなかった。

縞模様に黒・灰・白・灰の順で塗られたこの空間は、神の御加護を受けているのだろう、力が漲ってくるようだ。

壇上に立っている校長先生は白髪頭の上に左右が黒と白で分かれているベレー帽を被り、白いローブに黒いゴム製の靴を履いている。

ベレー帽の色指定の他は、ローブと靴の色を黒か白か選択できるので、周囲を見るとオセロや囲碁を彷彿とさせた。

たくさんの人が自分の定位置に収まっている。

そう、今日は入舎式。

僕はやっと入舎したんだ。

でもまだ一つ、気がかりがある。

それはーーーー

「第13回入舎生代表、フォウセ」

これだ。

校長先生が、僕の名前を呼ぶ。

僕が、呼ばれてる。

「はい!」

僕は高鳴る鼓動と共に返事をした。

毎年入舎生の代表は、入舎する前に行われる学力テストと脳波検査で首席を取った者がなる。

そして、入舎式で誓いの言葉を言うことになっているのだ。

首席は毎年、この場で初めて誰が取ったのかが明かされる。

今年も例外ではなく、今初めて明かされた。

そして、それがフォウセだったのだ。

何処からかため息の様な声も聞こえてきたが、今は全てがフォウセの首席を明確にするものだと認識してしまう。

フォウセは、早くここを卒業して王様の右腕になるため、入舎する前に父や母から学んでいたのだ。

そして、その努力が稔ったのが嬉しかった。

「僕たちは世の理、人としての情を知り、チャカルを背負う人間になる為に、このレビュード宿舎で学ぶことを、リン・クレイドフォンの名にかけて誓います!」

壇上に立ち、校長先生の目の前で誓いの言葉を言った。

この誓いの言葉は幼い時から教えられていたもので、幼子でも知っている有名な言葉である。

校長先生はニコニコと嬉しそうにフォウセを見ていた。

それはまるで、フォウセの気持ちを再現しているかのような、不思議な感覚だった。

チャカルはこの小さな星を意味し、リン・クレイドフォンは白と黒、すなわち灰色の中性神を意味する。

チャカルでは白が高潔の神、黒が武勇の神として崇められているのだ。

昔、本当に起こった出来事で、純白の「光」と漆黒の「影」が争った話がある。

昔は、光は希望、すなわち高潔な存在として崇められていて、それとは対照的に、影は絶望、背徳の存在として不吉なものとされていた。

待遇が真逆だったのだ。

その待遇に不満を感じた影は、夜な夜な光を打ち消そうと恐ろしいことをしていたらしい。

そして、人が来ると決まって最後に「何にも染まることのない、我らこそが神」と言ったそうだ。

そしてある時、光が変わった。

つまり、白じゃなくなったのだ。

光は元々白色で、何色にも染まっていなかったが、この事は、逆の考え方からしか生まれないものだった。

染まっていないということは、何色にも染まる恐れがある。

最初の内は情熱の赤、明快の黄、知性の青、とプラスの色で人々もよい兆しだとカーニヴァルを取り行っていた。

しかし、欲が光を蝕んだ。

情熱の赤は攻撃の赤、明快の黄は臆病の黄、知性の青は憂鬱の青を経て、汚濁の黒に変わってしまった。

そして人々の心は恐怖に支配されていく。

祈祷師や占い師は次々に派遣されるも、帰らぬ人となった。

絶望に打ちのめされた時、背徳の存在として忌み嫌われていた黒が、汚濁の黒を救った。

そう、汚濁の黒は元の光に戻ったのだ。

人々が背徳の存在としていた黒は、背徳なんかではなく「武勇」の黒だったのだ。

真実を見ずに、不吉としか思考が廻らなかった人々は己を恥じ、光と影は同じチャペルに祀られることになった。

光は「高潔」影は「武勇」として。

光の白はチャペルの天井を、影の黒は床を彩った。

そして、壁は光と影の交わりを現す為、天井付近は白、床近くは黒、そしてそれぞれが離れるほどに色は薄くなっていき、中央は中立の灰色が姿を現したのだ。

その灰色が中性神のリン・クレイドフォン。

この話にも出てくる有名なチャペルが、このレビュード宿舎にあるのだ。

フォウセはレビュード宿舎を早く卒業したいという思いと、ずっとチャペルで祈りを捧げていきたいという思いが交差していた。

結局フォウセが取ったのは前者だし、その決心は揺るぎないものだけれど。

お辞儀をして振り返ると、目がチカチカと脳を刺激した。

というのも、さっき考えていたオセロや囲碁が目に飛び込んできたからだ。

白や黒という言葉では表しきれないような純白と漆黒は脳裏に焼き付く。

手前の新入生の奥には在校生が10人、くらい座っていた。

その人たちの殆どはフォウセたちが今着ている様な純白と漆黒の服に身を包んでいたが、中には色褪せていたり、汚れている様なだらしない格好の人たちもいた。

それはもう、純白や漆黒とは呼べない代物だ。

洗濯しないのか、し過ぎたのかわからないが、フォウセはそうなる前に卒業試験を受けて国を支える立派な人になろう、と心に決めた。

父や母のような、素晴らしい人に。

          2

俺、ペビテは入学式にシャクナゲ代表として出席していた。

シャクナゲというのは宿舎のうちのひとつ。

宿舎は六つあり、脳波検査で受かった人が学力順に上からデンファレ、タマスダレ、シラーの順に収容され、脳波検査で引っ掛かった人の中から、学力順に上からシャクナゲ、シンビジウム、メハジキの順で収容されている。


ペビテが脳波検査で引っ掛かった理由は嫌でも思い当たる。

それはただ単にこの国の王を殺そうとしていたからだ。

「おいペビテ、入学式はどうだった?」

「クソ。反吐が出る」

ゲーム機から目を離さずに、クルデというルームメイトが聞く。

灰色のパジャマのまま、寝そべってゲームをしているのはいつものことだ。

この国の王は花言葉を多用する。

自身の子供にも花言葉で名付けたくらい。

デンファレが有能、タマスダレが期待、シラーが哀れ。

ペビテのいるシャクナゲが警戒、シンビジウムが野心、メハジキが憎悪。

ほとんどの入学生は最初に学力テストの結果で宿舎に振り分けられることを知らないため、いい成績を取るのは少ししかいない。

ペビテは去年、学力テストでは満点を取った。

デンファレだろうと自分でも思っていたし、誓いの言葉を言うのも俺しかいないと思っていた。

壇上に登った今年の入学生。

フォウセといったか。

彼は脳波検査で引っ掛からなかったんだろう。

ペビテは引っ掛かり、デンファレではなくシャクナゲに落とされた。

今までは学力テストで満点を取った人なんていなかった。

そして、それは今年もだ。

フォウセよりも有能なのに、臆病な王は脳波検査で全てを決める。

こんな臆病で正当な評価のされない世の中、俺が変えてやる。

ペビテが入学式に出席しなければならなかったのは、シャクナゲに収容されてる人たちは危ないからだ。

出席して騒ぎを起こすのは目に見えている。

勿論ペビテは、例外だ。

自分は騒ぎを起こしたいわけじゃない。

それに、脳波検査をどうやってパスしようかと思案を巡らせていき着いた場所がここだったからだ。

先日、年に一回しかやらない希望制の卒業試験を受けたが、そこでも脳波検査で落ちた。

学力テストは文句のつけどころが無いほどの出来だったというのに。

卒業試験は大体の奴が入舎してから4年後に受ける。

ペビテは入舎する前から卒業試験を受けても受かる自信があった。

早くまた卒業試験を受けたいが、次は来年だ。

後一年、またこんな所に居なけりゃならないなんて耐えられる気がしない。

宿舎に来る前は、ブルームンに住んでいた。

ブルームンとは、十五になるまでの子供とその親が住む場所のこと。

そこは高い壁で周囲を囲われ、入り口には兵士が常に立ち、完全に隔離されている。

これも王の計らいで、幼少犯罪を警戒しての事だろう。

ちなみに、自分達が隔離されていた事を知らない人たちはたくさんいる。

ペビテはブルームンの外の話を親から聞き出した。

真相は定かでないが、どうやら外は城を囲うように円形になった街、中心に貝の螺旋状のような城があるらしい。

きっと外国からの侵略があった場合、国民を人質にして逃げるつもりなのだろう。

宿舎を卒業できた奴だけが住んでる、安心安全の盾。

その盾に護られて、悠々と生きているのだ。

そんな王をなんとも思わないなんて、国民性でさえ疑ってしまいそうになる。

しかし、これは仕方がないと断言できる。

宿舎は所謂、性格矯正機。

角を丸くする機能があると聞いたことがあった。

だからこそ、ここに長居はしていたくないのだ。

自分の使命を忘れたくはない。

「おいクルデ、お前何をした?」

「何って、何?」

「だから、ここにある菓子!」

チャペルでは崇拝に来た人に施しを、という意味を込められて、歌詞が配られていた。

灰色のテーブルに置かれた菓子。

薄くて白い紙に包まれているため、中のピンク色が透けている。

これは、チャペルで配られているものだ。

「ああそれ。美味いから貰って来た」
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