グラニデ小話

□あまいの、いっぱい
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「だめだわ…うまくいかないよぉ…」

キッチンに拡がる、どこか甘味を含んだ空気。しかし手元の鍋からは煙が立ち上っていた。


女の子がとびっきりかわいくなる日、バレンタインデー。今年もその日を迎えていた。

昨年までは何気なく過ごしていたけれど、今年は少し、いや大分違う。そう、私にもチョコをあげたいと思える男の子が現れたのだ!
その彼とは、小さい頃から憧れていた絵本の中から飛び出してきてくれた私の王子様、ディセンダーのシン。(いろんな意味で)衝撃的な出会いを経てこの船のクルーとなり今に至るのだけど、大きな問題が一つ。
……シンってば、女の子に人気がある…の。
黙っていればかっこいいし、口を開けば無邪気な弟のよう。他人を気遣う優しさは人一倍で、時折かけられる甘い言葉は女の子を虜にする。剣の腕も一流で、なんといっても彼の手から生まれるお菓子は身も心も幸せにしてくれる(一部美化表現含む)。
そんなシンを嫌う女の子なんているはずないし、シンは優しいから女の子を拒んだりしない。いつ誰かのものになってもおかしくないくらいなの。
…でも私だって、易々と他の子にシンを渡すつもりなんてない!今日という今日こそ、この想いをちゃんと伝えるの!

そう意気込んでキッチンへ籠もったのはいいけれど…冒頭の有様。パニールに手伝ってもらいたいけど、一度言ったことを覆すなんて私の意に反してるし。
こんなことなら、お菓子作り、ちゃんと習っておけばよかったな。

そうこう考え込んでいるうちにかなりの時間が過ぎたようだ。
いつの間にか鍋の中のチョコが黒く変色し、苦く固くなってきていた。慌てて火を止め生クリームを加えたが…無残な姿となってしまった。

「はぁ…」

このチョコ同様、私の溜め息も甘さゼロパーセント。
ちゃんとシンに渡すことができるのかな…




***

「ほい、これ」
「…なんだいコレは」
「ショコラ・フォンデュ」
「じゃなくて」

いつまで経っても受け取ろうとしないゼロスに、俺はイライラしてきた。はやくしねぇと不味くなんだろ!
ショコラ・フォンデュはできたてが命。あつあつのうちにフォークを入れると、中からとろりとチョコレートが出てくる幸せのチョコレートケーキだ。
命を削って大量生産(乗組員の人数分)し、会ったやつから渡している最中なのだが……は・や・く、受け取れよ!!


「なんで俺さまに?お前から?」

どうして俺が、誰かからお前に渡すんだよ。つーかなぜ渋る。
なんでって、決まってんだろ。
俺は、

「ゼロスが好きだから」

そこで固まるなよ。
好きだと悪いのか?もしかしてお前は俺を嫌いなのか?

「俺はゼロスのこと好きだし、この船のクルーみんな好きだ。だからさっさと受け取ってくれよ、マジで」
「あ、そっか。そーゆーことだよな。あっはっは」

何を勘違いしてたのか、妙に納得した顔でゼロスはようやくショコラ・フォンデュを受け取ってくれた。


「じゃ、そゆことで」

残りを配るべくその場を立ち去ろうとしたが、フォークをくわえたままのゼロスに腕を引き止められた。

「なんだよ」
「どうして今日に限ってチョコケーキを配ってんだ?」

普段からはあまり見ることのできない真剣味を帯びた表情で問われる。
俺、そんなに変なのか?
だって今日は、

「バレンタインデー、なんだろ?」

好きなやつにチョコレートを配る、この世界のイベント。昨日になってアニスがこっそりそう教えてくれた。
事の始終を伝えると、ゼロスはいつもの軽い笑い声を上げ俺を解放した。いささか疑問を感じたが今はそれどころではない。早急にこの箱の中身を配り終えることが何よりも優先されていた。




「…あいつ、ホワイトデーのことは教わってねーんだな」

俺が出ていったあと、ゼロスがひっそり腹を抱えて笑っていることに、俺は気付くはずもなかった。




***

「くっそー…あいつ、そういやいたんだっけな…」

きっちり人数分作ったはずが、最近この船にやってきた格闘馬鹿もとい元・闘技場チャンプ、コングマンのことをすっかり忘れていた。
「たまにはこういうものもいいんだぜ」とかナントカ言って、最後の一つを一口で食べやがった。
あれだけあったショコラ・フォンデュが、今はゼロ。空になった箱を嬉しく思いつつも、一方でどうしようかという気もあった。
…カノンノに、渡せていないのだ。
というか、今日一度も彼女を見かけていない。パニールに聞いても謎な笑みを浮かべるだけで。
どちらにせよ手持ちのチョコがなくなったので、なにか簡単なものでも作ろうとキッチンへ向かった。




***

扉を開けると、すさまじい有様が俺の目に飛び込んできた。
まず異臭。やたら焦げ臭く、鍋を空焼きしているかのような臭い。そして拡散した調理器具。床に泡立て器があるのは何故?
そんな地獄絵図のようなキッチンに、ぽつんと見えるピンク色のもの。

「カノ…ンノ…?」

もしやと思いその名を口にすると、途端にビクつくその姿。

「あ、シン!!」

振り返ったその顔は紅く染まっていたが、瞬時に青ざめ怯えるようなものに変わっていった。

「えっと、キッチン借りたいんだ…けど…」

あまり触れない方がいいのかなと思い自分の用件のみを伝えると、カノンノはいそいそと周りを片付けはじめた。

「ごめんね、今散らかしちゃってて…。すぐ片付けるから、外で待っててもらえるかな…」

どこかおかしなカノンノを不思議に思ったが、やはりそれにも触れずキッチンを出ようとした。しかしカノンノの手にあった物を見て俺は足を止めた。

「カノンノ、そのチョコレート俺も使うから出しててもらえるか?」
「え…?」

カノンノは手元のチョコレートと俺を交互に見て、驚いたような表情をした。

「どうかした?」

さっきのゼロスもそうだったが、俺とチョコレート、そんなにイメージと合ってないのか?まぁ俺男だし、ベストマッチ!でも嬉しいものではないけど。
ただの条件反射で尋ねた言葉に、カノンノは顔を伏せもごもごと口を動かした。

「ん?」
「……一緒に、作らせてもらっても…いい、かな…?」

皺がつくほど服を握り、顔を真っ赤にして言う。これは…断るわけにはいかんだろう。男として。
すぐさま了承の意を示すと、二人で散乱しきったキッチンを片付けた。
さっきのチョコレートと器具と材料から、カノンノもチョコレート菓子を作ろうとしていたのだと伺えた。
せっかくなので簡単なものを一つ教えてあげよう。カノンノも好きなやつにあげたいのだろうから。


「すぐにできて簡単な、パンナコッタ、チョコアレンジバージョンにしようか」
「うん!」

鍋に生クリームとミルクを入れ、温まったところに湯煎で溶かしたチョコレート(カノンノは直接火にかけてしまったらしい)を加える。水でふやかしておいたゼラチンを鍋に入れ、完全に溶けるまでヘラで混ぜる(あ、火はもう消していいからな。余熱で溶かすんだ)液体を濾して、冷やし固めればもう完成!


「じゃあこれ、カノンノにやる」
「私に…?」

ガラスの器に盛ったチョコパンナ。
ほろ苦いビターチョコのソースをかければ、甘味と苦味がちょうどいい。俺がけっこう好きな味だ。
ちょこんとミントを乗せた愛らしいそれをカノンノが手にすれば、一気に女の子の食べ物となる。すげぇよな。

スプーンですくい、ぱくりと一口。口の中ですっと溶けると、残るのはチョコレートのかおりのみ。

「おいしい…。
…ちょっと、苦いけど」

満面の笑みで喜んでくれたみたいだが、俺としては最後が気になった。
やるからには完璧じゃねぇとな。
ちょっと待っててなと言い、あったイチゴとハチミツ、レモンを加えてミキサーでペースト状にする。それをチョコパンナにとろりとかけると、新生チョコパンナ・フレッシュソースがけの出来上がり。

「うん!とってもおいしいよ!」

今度こそ百点をくれた。
直に成功の感想をもらえると、作った甲斐があったと嬉しくなれる。
これで今日の仕事は終わりだ。
ふぅ、と一息つき、テーブルに顔を伏せ倒れ込むと、カノンノがスプーンをこちらへ向けてきた。

「私、ほとんど手伝えてないけど…」

どうやら、カノンノは俺にチョコレートをくれるつもりだったらしい。その好意を無下にするわけなんて、もちろんない。
心の底から嬉しくなり、カノンノの手を取り差し出されたスプーンをぱくりと口に含んだ。
甘味、苦味とさわやかな酸味。
すっげぇ、うまい。

「ありがとうな、カノンノ」

再び顔を紅く染めたカノンノ。やっぱ、かわいいな。
せっかく二人でいられるのだから、もう少し時間をかけて楽しんでもいいと思う。
そう思い立つと、残りのパンナコッタも食べてしまおうと全てを器に盛った。最初からあまり作っていなかったので言うほどの量ではないが、これでしばらくは保つだろう。

「俺からもカノンノに…ハッピーバレンタイン」

こちらは洋梨ソース。
雰囲気を出そうと、甘く、低く言ってみると、これでもかというほどカノンノが紅くなり思わず吹き出してしまった。

「もぅ…からかわないでよ……」
「ははっ、わるいわるい」

気を取り直してスプーンを出すと、ゆっくりとカノンノが口に含んだ。

「おいしい……ありがとう、シン」
「どういたしまして」



それからしばらくの間、俺とカノンノは他愛ない話に花を咲かせ二人だけの空間を楽しんだ。

扉の外から、パニールが覗いていたことなど知る由もなく。






***

「パニール!あのね、昨日、シンと二人きりでいられたんだよ!」

「あら、よかったわね〜。それで、ちゃんと伝えられたの?」

「…あぁ!わ、忘れてたぁー…」

「楽しすぎて浮かれちゃってたのね。でも、そういうことはあまり急いてはだめ。ゆっくり、ね」

「うん…。でも大丈夫かな…」

「シンさんなら大丈夫よ。ちゃんと振り向いてくれるわ、きっと」

「うん、そう信じるわ…!」




**

「っくし!」

「うへ!風邪かぁー?」

「んー、美女が噂してんのかも」

「俺さまを差し置いて、それはねーでしょーよ」

「違いのわかる人なんだよ、きっと」

「うっわ。かわいくねーの!」

「かわいさなんていらねぇよ」

「非力だけどな〜」

「余計なお世話だ!」






fin...








‐‐‐‐‐
ほのぼのシンカノ!
恋人未満!(笑

しかし50人前のショコラ・フォンデュ作ったなんて…
すごいですね。

チョコパンナは私自身作ったことありません。
レシピも適当なんで、機会があったら作ってみたいですね♪
材料は、いいと思う…


ハッピーバレンタイン!

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