グラニデ小話

□その眼に映る世界は
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……左眼が、疼く。

物体を映す力の無い其れは、解放しているとオレを苦しめるのみにしか働かない。何故此の様な能力を与えられたのか、オレ自身世界樹へ問いたい。
全く迷惑極まりない。

潰してしまえば楽になるのだろうが、此れでも昔は僅かばかり役に立っていた。
故に残していたのに。
現在の世界では足枷にしか成らない。
負が蔓延する、此のグラニデでは。


オレの左眼は、負を映す。

あまりに密集し濃くなった負ならば常人の眼にも黒い靄(モヤ)として見える。右眼のみなら此れと同じ。
しかし左眼を解放すると、人々が僅かにでも抱いた負ですら見えてしまう。態度に表さずともオレには解っていたのだ。

昔は負など然したる問題では無かった。
しかし現在。
負が世界樹へと還元されず、溜まり溜まった物が世界中を濃く漂う。其の有様を常に目にしていたら忍耐強いオレでも狂ってしまうだろう。
其れ故、印の描かれた眼帯で塞いでいるのだ。



「(其れでも未だ…反応するか…っ)」

封じていても、負の影が薄く網膜へ焼き付く。其れ程此の場には負が溜まっているのだ。


「皆さん、いい加減にしてくださいよ!!」
「大声を出すな。ちゃんと報告書を書かせるから落ち着け」
「え?俺がこれ書くんだ。わりぃわりぃ、やったことなかったからさ」
「くそっ。だからこいつとは組みたくなかったんだ!」

船長が、最後まで仕事を遂げ無い手下に怒鳴る。
無口に非常識に短気。
怒りを吐き出す事は仕方無いとは思うが、負の量が尋常なく膨大でオレには辛い。
苦痛に眼を押さえふらつく脚を叱咤すると、負で満たされた機関室を出た。






***

「眼が、痛むんだ」

廊下で鉢合わせしたクラトスにそう打ち明ける。
クラトスは此の眼の事を知っている。昔は眼帯等着けていなかったからな。
オレの告白に考える素振りを見せると、少しして一つの案を挙げてくれた。

「負に反応するのならば、逆を取ればいい」

つまり、喜び幸せを感じている者の側に居ろと。



そうして連れて来られたのは、クラトスが度々共に外へ出ていると言う人間達の元。


「なんか用かよ」
「どうかしたのですか?クラトスさん、カイさん」

ディセンダーで有りそうで無い紅梅と、気に食わない浅縹。
嫌な組み合わせだ。

対面する二人を見やると、クラトスはオレの背に手を添え僅かばかり前へ押した。

「何て事はない。ただお前達の側に暫くカイを置いてやってくれ」

まさか、喜び幸せと言うのは…

「あぁ、オレらの熱い仲を参考にしてぇってことか」
「そうだ」

……クラトス。
此処暫くの間に何が有った。オレは其の様な冗談は嫌いだぞ。

オレの思いを理解してくれ無いのは昔と変わらず。
早速と言わんばかりに、恋仲の紅梅と浅縹はオレ達の前で愛とやらを見せ始めた。

「カイが参考にしてぇって言ってんだろ。協力しろよ」
「協力って…あの、でも、一体なにをすれば?」
「愛の確認だろ?なら、抱いてキスして〜じゃねぇ?」
「え!?こ、ここでは駄目です!それに、二人が見てます、し…!」
「見せるためだろ?見せつけてやろうぜ」
「だ、駄目です…っ」


「………クラトス」
「……なんだ」

眼が痛む。
確かに奴らは負とは正反対の物を放っている。しかし…

「オレが負を放ってしまっている」

与えられるのでは無く自ら噴出してしまうなんて。…全くの無意味では無いか。
クラトスは深い溜め息を吐くと「すまないが、私もだ」と。

クラトス、よく奴らと共に居られるな。


底から沸き上がる苛々に耐えられなくなりさっさと移動した途端、先程の場所からは異様な迄の甘ったるい空気が溢れ出てきた。
オレ達が居なくなったので遠慮無く愛とやらを確認しているようだ。

公然猥褻は御法度だぞ。




***

次に連れて来られたのは、食堂。
腹が満たされ幸せな奴達が居るからだろうか。

機械的な音を立てて開いた鉄製の扉。食卓には数人の仲間達が居た。


「は〜ら〜へった〜〜〜」
「肉ぅー!肉食わせろぉー!!」
「おかわり!え?もうないの?」
「俺に今すぐ泡立て器とボウルを〜!!」
「シン、しっかりして!」
「あぁ!オカズがもうなくなりました〜!」
「あらあら、急いで作らなきゃね〜」


ウィィン…

満腹からの幸せとは掛け離れた、空腹からの苛々が負となり充満していた。
悲惨な光景と思わずよろめいたオレに状況を理解したクラトスは、オレの腕を引き無言で食堂から離れた。






***

「此の船の連中は負を放ってばかりだ」

夕暮れ刻の甲板で、クラトスとオレ二人きりで世界を眺める。

昔から変わらない景色。世界樹。
変わってしまった負とヒトの関係。

未だ鈍い痛みを訴える左眼を押さえ、はぁ、と息を吐く。
オレは世界へ留まり、何をやりたいのだろうか。自らの意志で決めた事なのだが、為すべきことを見つけられず唯痛みに耐え。当初の目的である若草はディセンダーの其れらしく真っ直ぐに走っている。オレの役目は終えたも同然だ。
此の世で生きたいが故に留まる。其れのみではディセンダーとして生まれた意味に反する。
世界の為に動かなければ……

考えが深くなり次第に下がっていた頭へ、僅かな重みが掛かった。

「…クラ、トス……?」

大きな手が緩やかに動く。懐かしい、堪らなく好きな手が頭を撫でる。
まるで急くなと言うように。

「シンは全てを導く力を備えている。心配せずとも直に負は還元されるだろう。
……お前は…生きたいように生きろ。その為に今此処にいるのだろう?」

過去には考えられない柔らかな眼差しで、諭すよう言う。

「しかし、オレは……っ」
「お前は一人の、ヒト、だ。
シンやニトを見ろ。己がどのような存在であるか理解していないかのように、ヒトとして生きているだろう。
…お前とて同じ、ヒトなのだぞ」
「……っ」

ディセンダーも此の世界で生きる立派な生き物なのだと、クラトスは言う。

「私も好きに生きているしな」

僅かに零れた笑み。

――あぁ。クラトスは好きでオレ達の世話を焼いていたのだな。
ディセンダーに巻き込まれたなんて思っていなかった。
其れなのにオレは、一人空回りして…。


未だ撫でる手をそのままに、オレも笑みを零した。

「……クラトス…、私も自分の気持ちに素直に生きてみるよ」

驚きに目を丸めたクラトス。オレが昔の口調で言ってしまったのだから無理はない。
無意識だった為慌てて言い直すと、喉を鳴らし笑われた。

「懐かしいな。あの頃に戻ったようだ」
「……過去を振り返るのは老輩の特権だぞ…」

笑い止まぬクラトスへ皮肉を投げる。そうでもしないと恥にやられてしまうから。

「私はまだ二十八だぞ」と言うと、最後にくしゃりと掻き回し手を離した。

「何時から二十八なんだか…」
「何か言ったか?」
「いや」

乱れた髪を申し訳程度に手櫛で整え、クラトスに背を向ける。
静かに流れた潮風が、緋色の襟巻きを揺らした。

未だ眼は痛むが、心は晴れていた。

仲間達の負も全て受け入れていこう。其れが今のオレがディセンダーとして出来る、世界を救う小さな事。



船内へと戻るオレから世界樹へ目線を移すクラトス。
その眼に宿る本心など判らないが、オレはクラトスに支えられ、オレからも支えに成りたい。例え僅かだとしても、力に成れるのなら。

クラトスは、オレが愛する唯一のヒトなのだから。






fin...








‐‐‐‐‐
カイとクラトスは親子です(言いきった!

子に幸せになってもらいたい親心と、親に幸せになってもらいたい子心。
現代で分かり合えた二人の過去話は、まだ秘密のようです。

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