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□三、精一杯の告白を聞きました
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『精一杯の告白を聞きました。

月明かりが眩しい帰り道。残暑も終わり秋の季節が直ぐそこに迫っていた頃。不器用な君が精一杯考えて選んだであろう言葉。嬉しかった。泣きそうだった。声を上げて叫んでしまいたかった。

そんなこと許されるはずもなかったけど。




某月某日 とある月夜の帰り道




ほろ酔い気分でおぼつかない足を動かしながら鼻歌を歌う。自分でも一体何を選曲したか分からない。けれど酷く気分がよくて、もうなんだっていいかと思考を投げ出した。後ろを歩いている奴から溜め息が零れたのを感じた。


「なんですかー高杉くーん。溜め息なんて失礼だぞコノヤロー」

「うっせェ、酔っ払いはちゃんと前見て歩きやがれ。そんなフラフラしてっと電柱にぶつかるぜェ」

「ぶーつーかーりーまーせーんー」


ケラケラと笑えばまた溜め息がひとつ。自分と同じくらいの量を飲んでいる筈なのに、この男は全く酔っ払った様子を見せない。けして自分が弱いわけではない。こいつが強すぎるだけなのだ。
あの図書館からの出逢いから自分たちは交流を深めていき、今ではこうして一緒に飲みに行く仲になった。出逢ったのはほんの少し前なのにまるで昔からの腐れ縁のような、悪友のような関係が心地良くて結構頻繁に会ってたりする。


「銀時ィ」


独特のイントネーションで名前を呼ばれ「何ですかー?」と返事をする。ふと高杉が歩みを止めそれに伴って数歩前で自分も足を止めた。月明かりでコンクリートに二人分の影が伸びている。あぁ、こんなに明るかったのか。振り向くと高杉が月を背負っていた。なんだか酷く高揚してるのが分かる。これから起こることが本能的に分かっているのかもしれない。

ドクン、ドクンと心臓が鼓膜を震わす。


「銀時」


もう一度名前を呼ばれる。
あぁ駄目だ。それ以上口を開くな。駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ。駄目だ。
俺はその言葉に、


「月が綺麗ですね」


応えることは出来ない。

瞬間、わっと泣いてしまいたかった。色んな感情がぐるぐると自分の中で暴れてぐっと叫びにならないものが込み上げる。嬉しい。嬉しすぎてどうにかなってしまいそうだ。

けれど、


「そうですね…っ」


酔いに任せて滑り落ちたような声音。とうてい告白の返事には聞こえない。ほんの少しだけ語尾が震えてしまったような気がする。どうか気付きませんように。高杉は自分の返事を聞いて目を丸くしたあと、やりきれないような悲しいような、そんな顔で笑った。


「いきなりどうしたんだよ」

「…何でもねェよ」


そして歩を進める。横を通り過ぎ振り返ってみた背中にぽつりと零す。


「ごめん」


揺らぐ視界を必死に抑えながら何度も今度は心の中で繰り返した。
ごめん、ごめん、ごめん…

自分には君を受け入れられない。

それでも、


(返事の言葉に嘘はないんだ)






* * * * *




「こんにちは」


こくりこくりと船をこいでいた店主に声をかける。自分の挨拶に気付いた店主は「…あぁ君か」と薄く目を開けて呟いた。


「どうした、何か探し物か?」

「いや実はタカ爺に聞きたいことがあって」

「聞きたいこと?」


訝しげな視線に思わず苦笑いをする。『タカ爺』というのはこの古本屋の店主の愛称のようなものだ。どうも彼は鷹が好きで何かしら毎日鷹を側に置く。ある時は鷹の木彫りであったり剥製だったり。初めて来たときは鷹のチャームがついた腕輪をしていた。そのしわくちゃな腕にそれは不似合いだった。今日は鷹がプリンとされたタオルを首にかけている。一体、どこから集めてくるのか。

そんな感じでお客さんや近所の人は親しみを込めてタカ爺と呼んでいた。まあ、本人は鷹なんていう雄々しいものではなく『雀(すずめ)』と、なんとも可愛らしい名前を持っているのだが。


「…実は────」


手紙を読む進めていく度にむくむくと自分のなかで頭をもたげていたある一つの考え。この手紙を宛てた男に既視感があった。もしも、この考えがあっていれば自分は神様というものを信じるかもしれない。

そうしてタカ爺の口から出た言葉にゆっくりと目を閉じた。




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