gift
□四、嘘を吐いたのです
1ページ/1ページ
『海へ行こう。
そう笑って誘う君が眩しかった。
季節は冷たい風が肌を突き刺す冬でしたね。何故、こんな時期にしかも海なのか疑問でしたが、冬の海ってのも乙なもんだろ、と君はのたまったものですから思わず溜め息しかでませんでした。それでも、楽しみにしていたんですよ。
なんてったって、君と共に過ごせる最後の日でしたから。
某月某日 曇り空のとある浜辺
びゅうっと風を切る音が聴覚を支配する。冬の冷たい風は容赦なく暖房を出来ていない顔の肌に突き刺しビリビリと痛みを起こした。ずずっと鼻を啜りながら長年愛用している赤いマフラーに顔を埋める。
「寒いいいい!!」
「冬だからなァ…」
「いやそれはそうなんだけどさ!何でお前はそんな余裕そうなの!?どれだけ鉄人なの!?」
「何言ってんだ、俺だってさみぃ。ほれ」
「うおおおお止めろおお!!手を顔につけるな冷てええええ!!」
あまりの冷たさに肩を震わせる。マフラーはしているが手袋なんかはしていないため、それは氷のように冷たかった。少し乱暴に頭を振って手を離そうとした。必死に頭を振る自分を見て高杉はにやにやと楽しそうに笑っていた。人が嫌がることを笑ってやってのけるのだ、この男は。
「にしても天気わりぃなァ…」
空を見上げながら高杉は呟いた。空は鉛色に染まって暗雲としている。お天道様なんて拝みたくても拝めない。これは一雨、いや雪が降ってきそうだ。
「うぅう…晴れてればまだましなのによぉ」
はぁと息を吐けば白くなった吐息が一瞬にして広がりあっという間に消える。
「…また来るか、」
「あ?」
「今度は晴れた時に来るか、つってんだよ」
「いやいや言ってねえから」
「うっせェ、細かいこと気にしてんじゃねえよ」
ポケットから煙草を取り出して、一本口にくわえ手で包み込むように火をカチリとつけた。そのまま一息吸ってふぅと紫煙を吐き出す。なまじ顔が整っているせいか、それはとても様になっていて同じ男としては悔しいものだ。無駄にかっこいい。
「年が明けて春になれば今よりはあったけえだろ。そん時はもっと向こうまで行ってみようぜ。海じゃなくてもこの近く見て回んのもいいだろ」
「……おぅ」
自分の小さな返事に高杉は機嫌よくしながら笑って「約束な」と言った。
約束
(あぁ、)
「なぁ、高杉」
「んだよ」
(きっと)
「俺さ来週から、ちょっと家留守にすんだよね」
「なんだァ?どっか行くのか?」
(自分は)
「まぁ、な。ちょっと遠出してくんだよ」
「…行き先は?」
(それを)
「ひみつ」
(守れない)
『嘘を吐きました。
守れもしない約束をして自分は君の前からいなくなりました。本当にごめんなさい。それでも、君には知られたくなかった。これはただの自分の我が儘です。あとから本当のことを知ったら君はどうするんでしょうか。
泣くのでしょうか。呆れるのでしょうか。怒るのでしょうか。それとも……
.