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□五、確かに、自分は
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『さて、この手紙もこれでおしまいです。

改めて読み返してみると酷いものですね。繋がりもバラバラで、口調も普段の自分とはかけ離れたものです。もし、これを自分の身内が読んだら大笑いものでしょう。そうならないことを密かに願っています。

自分は君から沢山のものを貰いました。沢山の気持ちを教えて貰いました。君と共に過ごした半年間は短くもあり、それ以上にとても充実したものでした。もっと早く君に会いたかったと今でも思います。残念だと思うのは君とこれからも共に同じ時を過ごせないこと。隣に居れないことです。
自分の時間はこれから先、進むことはありません。そのことが悲しくて、悔しくもあります。

それでも、確かに、自分は、君の傍にいたことが最高の思い出です。最後に、約束を守れずごめんなさい。お別れです。




* * * * *




バイトも終わって肌寒くなってきた外に備え少しばかし厚めに重ね着をした上から買ったばかりのジャケットを羽織った。冬は嫌いだ。特に今日のような曇り空は。脳裏に思い出されるのは、少し遠出をしてくると言って笑いそのまま帰って来なかった想い人。どうしてあの時、問い詰めなかったのか。笑った顔にほんの少しの哀愁を帯びていたのに気がつかなかったのか。彼が自分の感情を隠すのが得意だということを出会った半年の間で分かっていた筈なのに。悔やまれることばかりを思い出して、ふるりと頭を横に振った。瞬間バイトの後輩に呼ばれ後ろへ振り向く。


「高杉先輩」

「なんだ、椎名か…」

「はい。少しお話したいことがあるんですけどお時間よろしいですか」


よろしいですか、と問いかけている筈なのにその語尾には断ることなど許さないといったしっかりとした意識が込められていた。


(面倒くせェ…)


この後は、昔からの腐れ縁の電波男と飲みに行く予定なのだが。椎名には悪いが今度にしてもらおうと断りの言葉を発しようと途端、はたと椎名が持っている本に目が止まった。
この後輩も自分と同じで読書が好きで時々ここにも本を持ってきて、休憩中に読んでいるところを見かけるので本を持っていることに疑問は抱かない。しかし、問題はその本だ。その本に自分はよく見覚えがあった。椎名は自分の視線に気がついたのか、見えやすいように頭の高さにまで持ってきて口を開く。


「先輩、これに見覚えがあるでしょう?」

「お前……それ、」

「高杉先輩、」


じっと真っ直ぐに見つめてくる瞳はいつかの本で見た黒曜石のようだった。


「先輩と、先輩の大切だった人についてお話があります」






バイト先を出て近くの適当な喫茶店へと入り奥のあまり人目のつかない席へと腰を下ろした。その際にコーヒーを二つ頼む。暫くしてコーヒーが運ばれ目の前に置かれ終えたのと同時に話しはじめた。


「…先輩には、大切な人がいたんですよね」

「…………」

「図書館で出逢って、それからずっと交流してきて告白するぐらい好きだった人が」

「…………」

「だけど、その人は居なくなってしまった。……この世から」


からんとお冷やの氷が音を立てた。ちらりと先輩を窺えば無表情のまま。自分は別にこの人のことを笑うわけでも軽蔑するわけでもない。ただ、純粋にこの本に挟まっていた手紙を渡したかった。もしも、まだ今でも忘れられず、ずっと想っているのなら、手紙を渡してあなた達は確かに想い合っていたのだと伝えたかった。手紙には渡ってほしくないと書いてあったが、どこかで宛てることが出来るのならと思っていたに違いないのだ。
ゆっくりと先輩は話し始めた。


「一目惚れ…みたいなもんだったんだ」

「…………」

「大体、同じ時間に通ってくる男がいてな、よく見かけてたんだ。そいつ目立つ見た目してたからなァ…」

「目立つ?」

「銀髪の天然パーマに赤い眼、図書館ではけっこう本人が知らねえだけで有名な奴だったんだ。初めて見たときはその見た目に驚いて次の瞬間には目に焼き付いて離れなかった。…忘れられなかったんだ。だから、そいつが来る日を狙って通った。んでやっとチャンス到来よ」


くくっと喉を鳴らす目の前の人は懐かしむように目を細める。その時のことを思い出しているのだろうか。


「知り合ってからは早かった。意外にも根っこは同じなのか何かと気があってなァ。惚れてるってのに自覚を持つのは簡単だったぜ?向こうも同じっつうのも気付いた」


だから告白した。けれど振られた。訳が分からなかった。どうして拒むのか。自分の勘違いだったのか。それでも交流は続いた。


「ある日、一緒に出掛けたとき今度から少し留守にすると言われた。遠いところに行く。行き先はひみつ。当たり前だ、あいつは病院に行ってそこで最期を迎えるつもりだったんだからなァ…」


産まれた時から心臓に疾患があって、長くは生きられないだろうと言われていたらしい。(らしいというのは、先輩も葬式に行った時にその人の養い親から聞いたから。髪色もそれが起因ではないかとも)最低でも二十まで長くて二十三、四が限界だと。先輩と出会ったのは皮肉にも二十四の時だった。


「……悔しかった。俺じゃあ頼りなかったか、支えられなかったか……銀時の傍にいられなかったか…!!」


くしゃりと長い前髪を掴む先輩の手は、少し震えているように見えた。耐えるように唇を噛む姿が痛々しかった。


「…違いますよ、先輩」


違う。先輩の大切な人、銀時さんはそんなこと思っていない。きっと頼りたかった、支えて欲しかった、傍にいてほしかった。けれどそれ以上に、


「先輩に幸せになって貰いたかったんです」


病気のことを打ち明けたら先輩は絶対に、銀時さんの傍にずっといる。その最期まで。

では最期を迎えたその後は?
きっと先輩は銀時さんに縛られ続ける。それでは駄目だと、考えたのだろう。


『自分なんかに縛られずに、生きて欲しい』


それが銀時さんの願いであり、先輩に対しての最上級の愛。


「だから、どうか…」


先輩の目の前に本を差し出す。これは先輩と銀時さんが出逢うきっかけになった本。そしてそれには、銀時さんの想いが詰まった手紙が挟んである。


「受け止めてあげて下さい」


見たこともない銀時さんが微笑んだような気がした。



そして、バイトで出会った先輩の目が赤く腫れて、それでもどこか清々しくい表情をしたのを見て小さくガッツポーズをとったのは次の日のこと。




* * * * *




『確かに、自分は幸せでした。』




end.
 

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