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□黒い糸
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街でよく見かける銀色を自然と目で追うようになったのは、いつの頃からだったのだろうか
目が合うと互いに悪態をつきあう、そんな殺伐とした関係だった。しかし土方が銀時と会った日は一日中、知らずと気分を昂揚させていることは隊内では周知のことだった
そして今、その銀色は土方が手を伸ばせば触れることのできる距離でふわふわと風に晒され揺れている
立ち寄った茶屋でばったり出くわし、珍しい事に喧嘩を吹っかけ合うこともなく、気まぐれに差し出した甘味を頬張る銀時に土方は僅かな緊張が身体へと伝うのを感じて、消したばかりの煙草を捨て去り早々に新しい煙草へと火を付けた
「おい、万事屋…」
煙草を矢継ぎ早に吹かしながら、どうにも無言の空気に耐え切れず、とうとう土方が声を掛けようと目線を向けた時、伸びてきた白い手が自身の髪を一房掴み取る
「……意外と硬ぇんだな」
土方は自身の髪へと触れる白い手から続く腕を、口に銜えた煙草の存在も忘れて唖然とした表情で見張る
掴んだ髪を赤い瞳でよくよく見ながら、ぽつりと零された言葉は、なんてことのないただの触り心地の感想で
それでも、そんな安易な感想に言葉を返すこともなく、すぐに離された白い手をこの時の土方にはじっと見つめる事しかできなかった
それから銀時は、二人きりで出会す度に土方の硬い黒髪へと触れてくる
行動の意味を理解することはなかったが、自身の髪を触れる白い手に、胸の内に広がる温もりのような、小さな幸福を感じるようになっていた
だが、土方は気付いてしまう。黒髪に触れては、誰かのモノと比べて、その差異を思い知るように自嘲した笑みを零す銀時に…
誰と比べているかなど土方には知る由もなかったが、それでもいつか、自身へと本当の笑みを向けてくれる日がくることを願った
そんな穏やかな日常の中、突如訪れた報せは真撰組の頓所に居た土方の下にも届く
『過激派攘夷浪士の高杉が江戸に潜伏している』
真撰組にとって、最も警戒すべき男、高杉。その高杉が江戸に居る。そして潜伏先もわかった。これは、捕まえる絶対の好機だと土方は奮い立つ
「トシよ、今、隊士達を召集している。もう少し待て」
「いや、近藤さん。こんな好機めったにねぇ。俺が先に出る」
「しかし…」
「無茶はしねぇ。山崎だけじゃ心許ねぇからな。援護、待ってるぜ」
「んム……よし、わかった。くれぐれも無茶だけはしてくれるなよ」
「あぁ、わかってら」
土方は密偵によって知らされた居場所へと一人、足早に向かう
「山崎、ご苦労」
「土方さん。今、高杉が動き出しました」
「あっちは…歌舞伎町か。山崎、この事をすぐ近藤さんに知らせろ、行け」
「は、はいッ」
(高杉の奴、どこに向かう気だ?)
編笠を深く被り、派手な着物に身を包んで飄々と歩く高杉の後を気付かれぬよう、息を潜めてそっと追いかける
そしてーー
「銀時。久方ぶりだなァ」
「遅ぇんだよ、高杉。馬鹿ヤロー」
人気のない裏路地で編笠を下ろした高杉の髪は赤みがかった黒髪で、その柔らかそうな黒髪を心底愛しそうに触れるのは、自身の髪を触れていたあの白い手だった