get
□黒い糸
2ページ/3ページ
信じられない、いや、信じたくない光景が土方の目の前に広がる
あの白い手は、何度も自身の髪を触れたあの手は…向けられることのなかった、微笑みは…
「…万事屋。こいつぁ、どういうことだ。返答次第によっちゃ、テメェも…」
自身から沸き上がる嫉妬心に気付いた時、土方は応援が来るのも待たずに一人、鞘から刀を抜き出して、二人の前へと対峙していた
「ほう、幕府の狗か。銀時、テメェの男じゃねぇだろうなァ」
「何言ってんのお前。んなわけねぇだろ。ふざけんな、高杉」
「クク、違えねぇ。テメェは昔から俺のもんだよなァ、銀時」
「テメェの、もんだと…?」
「あーあ、ばらしちまったよ。どうしてくれんだよ高杉」
「いいじゃねぇか。そろそろ放し飼いも仕舞ぇだ」
「はぁ…まぁ、しゃあねぇか」
高杉は嫌味な笑みと鋭い視線を土方へと送りながら、ぐいっと銀時の腰を抱き、自身の方へ引き寄せた
それを抵抗することなく受け入れ、高杉の腕の中に自然と収まる銀時を見て、沸き上がる憤怒を抑えることなど出来るはずもなく、土方は溢れる絶望を高杉へとぶつけるように切り掛かる
瞳孔をこれでもかと見開き、文字通り飛び掛かかった土方だったが、以前に銀時とやり合った時同様あっけなくかわされ、自身の刀を落とされると、肩から腹へとかけて高杉の一太刀を受けてしまう
地に伏せながら呻く土方へと銀時は徐に近付くと、傍にしゃがみ込んでから手を伸ばす
「嫌いじゃなかったんだけどねぇ。悪く思うなよ」
いつも通りに土方の硬い黒髪を一房掴んでから、銀時は高杉と共にその姿を消し去った
薄れゆく意識の中、触れた手の馴れた感触に、やるせない虚しさを感じて、土方は静かに瞼を閉じていく
「銀時…」
初めて呼んだ、淡い恋心を含んだ名前は、決して届くことはなかった…
*
路地裏に倒れていた土方を近藤らが見つけたのは、二人が去ってすぐのことだ
頓所へと急いで連れ帰り、手当てを施され意識を取り戻した土方の証言により、万事屋へと出向いた隊士達は驚きに目を見張る
そこには、いつもいる筈の子供達の姿も、やる気のない姿で定位置の椅子に座る銀色の姿も何もなかったから
頓所に戻った近藤から話を聞いた土方は、もう二度と触れられることのないだろう黒髪をきつく、きつく、鷲掴みにして、苦く表情を歪ませた
*
遥か彼方、空高く飛ぶ船の上、心地好い風に銀髪を靡かせる銀時と、その膝上に頭を乗せて寝転がり煙管を吹かす高杉の姿があった
「…なぁ、高杉。なんで殺らなかったんだよ」
「アァ?幕府の狗のことか?殺って欲しかったかァ」
「別にそういうわけじゃねぇけど…」
「そうさなぁ、あの狗がテメェに惚れてたからだろうな」
「は?だったらよけい…」
「これから、あの狗が俺とテメェの前に現れる度に面白えもんが見られそうだからなァ」
クツクツと喉を鳴らして笑う高杉の柔らかい黒髪を撫でながら、銀時は幸せそうに微笑みを落とした
「悪趣味」
end
→お礼