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□虹
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兄が酢昆布を買ってくれた。

赤い長方形の箱を手に握り、駄菓子屋のおばちゃんに数枚の小銭を渡す。ん、と口を結んで差し出されたそれを私は受け取った。そういえば、初めてこの食べ物を買ってくれたのは銀ちゃんではなく意外にも晋ちゃんだったと思い出す。銀ちゃんが甘味が食べたいと言い出し、俺もお腹減ったと兄が同意して、私も頷いた。晋ちゃんは呆れたようにため息を吐いていた。あの時もこの駄菓子屋で買ったなあ。


『神楽、これやるよ』


ニヤニヤと意地の悪い笑い顔で晋ちゃんはこの赤い長方形の箱を渡してきた。きっと晋ちゃんは何も知らない私に悪戯をしたつもりだったのだろう。その通り、私は初めて見るお菓子にドキドキとし、てっきり甘いものだと思って食べたそれは予想以上に酸っぱく盛大に噎せたのだった。けれど予想外だったのはそれを私が気に入ったことだ。晋ちゃんは拍子抜けしてしまって、その片目しかない瞳を丸くしたので私は笑った。その様子を見ていた銀ちゃんも兄も笑っていた。むしろ大爆笑だった。


(あぁ、だめだ、泣きそうだ)


今はどうだろう。母がいなくなってからあの二人に会うことが少なくなってしまったせいで、上手く話せない。上手く笑いあうことが出来ない。これからずっとこのままなのかと思うと涙が溢れてきそうになる。やだなあ、目が赤くなってしまう。涙を酢昆布の酸っぱさのせいにしてしまおう。誤魔化すようにパクリと一枚、口にくわえた。


「あ、雨だ」


兄が外を見てぽつりと呟いた。


「案外、強いネ。ここで雨宿りしとこうか」

「ん」


ザーザーと降る雨はまるで私の代わりに泣いているようだ。駄菓子屋の壁にかかっている古い時計に目をやった。短い針が5を指していた。もうすぐ、あの二人が帰ってくる時間だ。


「お兄さんたちもうすぐ帰ってくるネ」

「そうアルな」

「今日のごはん何かな」

「コロッケがいいネ」

「ジャガイモほくほくのネ」

「かぼちゃも捨てがたいアル」


銀ちゃんが作るご飯は何でも美味しい。
台所に立つ姿は何となく母の背中と被って見える。時々、音の外れた鼻歌を歌っていた。


「おなか……減ったなあ……」


涙声の兄の声。


「じゃあ、さっさと帰るぞ。ガキ共」

「今日はハンバーグだ」


続くように聞こえたのは呆れたような二人の。


(あ……)


いつの間にか俯いていた顔を上げる。青色と黒色の傘。学校の制服。呆れたような声だったのに顔には安堵の表情が見えた。


「コロッケじゃないアルか」


そう言って傘を持っていない空いた銀ちゃんの片手を掴んだ。横を見れば兄も晋ちゃんの腕にしがみついていた。二人の足元はズボンの裾まで泥や水で汚れていた。


「それは、また今度な」


雨は、いつの間にかあがっていた。





(傘と彼の間に見えた空に、虹が見えた)



* * * * *
次で過去編終わりです。
ちなみに年は
銀時・高杉→高校一年生
神威→小学五年生
神楽→小学四年生
という感じです。少し子どもっぽすぎたかもしれないと焦っています。いやだって小学五年、四年ってどんな感じだったか覚えてないですしおすし

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